1. トップページ
  2. 宇宙船地球号

汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

性別 男性
将来の夢 物書き
座右の銘 日々前進

投稿済みの作品

1

宇宙船地球号

13/02/02 コンテスト(テーマ):【 船 】 コメント:0件 汐月夜空 閲覧数:1843

この作品を評価する

 初めてこの地球という美しい星が船に例えられたのは、今は昔1879年のことだ。
 アメリカ合衆国の政治経済学者、ヘンリージョージの著『進歩と貧困』の記述の中でね。
 当時、この地球という船には『無限の食糧』があるとされていたんだ。

 地球という船が、宇宙船地球号に変わったのはそれから約一世紀が過ぎた1965年のことだ。
 同じくアメリカ合衆国の建築家であり思想家でもあった、バックミンスター・フラーの著『宇宙船地球号操縦マニュアル』の記述の中で。
 現状の科学力と技術力を適切に使えば既にすべての人類を幸せにすることが可能なはずなのに、なぜ私たちは産業の進化のために過去から積立てていた大切なエネルギーを考えなしに大量に消費するのか。この船のエネルギーは未来永劫供給されうる宇宙からのエネルギーからの受給への、スターターとしてだけ使うべきではないのか、という苦言がなされていた。

 そのわずか一年後、1966年。同じくアメリカ合衆国の経済学者ケネス・E・ボールディングの著『来たるべき宇宙船地球号の経済学』の記述の中で。
 無限の蓄えはどこにもなく、採掘するための場所も汚染するための場所もない。それゆえに、この経済の中では、人間は循環する生態系やシステムの中にいる、と。
 私たちにとってなじみ深い循環型社会の思想はこの時からすでに生まれていたわけだ。


「――それで、君らはどう思う?」
 カッ、とチョークを鳴らし、担任の柏木が言った。
「え、どうって……」「いや……」「ええ?」
 23Hの教室の中がクラスの皆の思い思いの言葉でざわついていく。
 曇った窓ガラスの先、ちらつく雪をじっと眺めていた私は黒板いっぱいに書かれた文字をちらりと見て、あくびを一つ。ああ、こんな退屈な授業をやってたんだ。
 2年の冬。受験や就活の始まる3年へ、気持ちをシフトしていく大事な時。その大事な時に柏木が急に『君らの大事な時間を1時間でいい、僕にくれないか』と言ってきた。共に過ごしてきた1年間で随分と私たちとの距離を縮めていたのもあり、その願いはあっさりと通り、今に至る。
 ま、みんな退屈してたんだろう。ホームルームもまだ後一回あるし、今日が無駄になったとしても大丈夫って余裕もあっただろうから。大体、うちみたいな中途半端な学力の高校じゃ、今から受験勉強するようなやつ居ないしね。
 しかし、宇宙船地球号なんて随分と懐かしい話をするもんだ。みんな小学校の時に学んできたことがあるだろうにさ。最終的に『どんな生物もこの宇宙船の仲間なんだから、大切にしなくちゃいけないんですよ』って結論に至る、偽善にまみれた議論。
 私はそれをいつだって冷たい目で見ていた。だって、そんなの間違ってる。もし本当にこの地球が宇宙船だった場合、害のある者は排除しなければならないだろう。だって、たった一人の『いたずら』で重大な故障や事故が起きてみなよ。操縦桿を握っている人間が狂ってみなよ。地球という星がいとも簡単に滅んでしまうんだよ。
 もし、地球が宇宙船であるとするのならば、私たちが最初にしなければならないことはデバッグでしょ。私はとりとめもない『バグ』によって滅んでしまう地球と心中なんかしたくない。
「みんなそれぞれ思いがあると思う。でも、まずは僕の思いを聴いてもらおうと思うんだ。僕はこの宇宙船地球号理論に納得がいっていない」
 ほら、また手垢にまみれた偽善論が……って、あれ?
 柏木の予想外の言葉に私は思わず教壇に目を向けた。見ると、クラスの皆も柏木の次の言葉を待っているようだった。それもそうだ。だって、否定するつもりならなんのためにそんなに詳しく書いたんだ。
「納得がいっていないとは言っても、あくまで現在においては、だけどね。当時の考えとしてはむしろ良かったと思うよ。循環型社会は人類にとって必要なことだったから」
 シュッ、カッ。黒板の『循環型社会』に赤丸が引かれる。
「ただ、現在において重要である部分がこの理論ではカバー出来ていないのさ。すなわち、目的地と操縦者だね」
 黒板に『目的地』『操縦者』が記述される。クラスの皆が首を傾げる。
「船の条件って、まさにこの2つだと思うんだ。目的地がない船はただの漂流物だし、操縦者が居ない船はやがて遭難する。地球が宇宙船として機能するためにはその2つが必要なんだ。そこで、みんなに考えて欲しい。これからの地球の目的地はどこか? そして、操縦者は誰であるべきか? 偏見はいらない。君の思う通りで良い。それを僕に聴かせてほしい」
 その言葉に、私を含め、始めは戸惑っていた皆が一斉に議論を交わし始めた。
 私は目的地も操縦者も既に居ると思っていた。でも、言われて初めてそれが存在しないことに気付いた。
 私たちはどこに向かうべきなのか。決めるのは自分なのだ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン