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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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金閣寺燃ゆ

13/01/21 コンテスト(テーマ):第二十二回 時空モノガタリ文学賞【 お寺 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:1727

時空モノガタリからの選評

最終選考

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「こりゃ、どえらい事に……」
 学僧の康助は食堂より自室に戻り上着を身に纏うと、同門の者とともに学生寮を出て鹿苑寺へと急いだ。
 昭和25年7月2日、未明。夜半にして京都鹿苑寺一帯は騒然となった。敷地内に存在する舎利殿――通称金閣が、今まさに燃えているのだという。
 寮主からそう告げられた時、そんなまさかと、その場に居た者は皆一様に信じようとはしなかった。それは代表で電話を受けた寮主本人も例外ではなく、つい本日まで当たり前にあった物が消えようとしていると言われても、実感がどうしても伴ってこない。どえらい事にとは言うのだが、あまりの事の大きさに、言葉の意味さえどこか覚束なかった。
 あの金閣である。
 およそ550年に亘り畏れ敬われ、先の戦火も奇跡的に免れたというのに、かくもあっさりと消え行くのか。興奮のあまり口々にそんな筈がと叫びながら、学僧たちは見紛う事無く立ち昇る大煙の元へと駆けていった。
 しかしながら、金閣は燃えていた。
 ごうごうと、ぱちぱちと火の粉を撒き散らしながら燃えているのが、判ってしまった。
 疑いようもないその光景を目の当たりにして、同行した者たちは膝から崩れ落ち、涙し、嗚咽を漏らしたが、康助はただ独り立ち尽くし、これだけの距離にも拘らず、頬を熱く火照らす金色の光に息を呑んだ。
 美しい、と。
 当然口にはできなかったが、康助の股間の一物は衣服の下で間違いなく勃起していたのだ。
 日頃鹿苑寺の徒弟として慣れ親しんできた金閣であったが、やはりどこか一線を画す存在であった。一言に集約すれば威、であるだろう。当然出入りはするのだが、迂闊な真似のできぬ、時代とともに積み重ねられてきた威があった。もはや呪いの類ですらある。
 そんな歴史の美を全て擲って咲かせる、最期の大花である。これまで身に付けてきた宗教的な煩悶もない訳ではなかったが、この美しさを称えずして何とするかと。むしろ義憤の情さえ湧き上がってくるのだった。
 金閣の光はまるで巨大な誘蛾灯の如く、京都の人々を惹きつけている。阿鼻叫喚する老女、腕を組んでいる虚無主義者とその反応は人によりけりだったが、果たしてその中に自身に同調する者はいただろうか。声を上げるべきだったか。結局はせぬままに終わったが、この決断は後年になって康助をひどく悩ませる事になる。
 寮主が表面上呆然と立ちすくんでいた康助の肩に手を置いて宥めようとしたが、無論そんな必要はなかった。
 群衆をかき分け、人の波を必死に押し留めていた警官の元へと辿り着くと、警官は若者たちのすっかり剃られた頭のみを見て「行け」と、康助たちを中へと促した。

 金閣の真近では、消防団員と寝巻同然の僧が所狭しと駆け回っていた。
 康助たちもすぐさまこれに加わり、池より水を運んでは燃え盛る金閣へとぶっかけるのだが、所詮は焼け石に水。効果などありはしなかった。
 折からの強風に炎は煽られ、人々は半ば金閣を諦め、延焼をのみ食い止めようとそちらへ動き出し始めた。
 それでいい、と康助は内心大いに頷くのであった。住職は廃人同然となって口をあんぐりと空け、自力で立つ事もままならず若い僧に支えられている。その若い僧は「火災報知機はどうした!」と喚き散らしていたが、これほどまでの炎に育ってしまった以上、詮無き話だ。人の身の無力さと諸行無常の理とを、金閣が身を以て教えているかの如くではないか。ここに来てつう、と一筋の涙がようやく康助の頬を伝った。
 立場上何もせずにいる訳にはいかなかったが、できる事ならば金閣の、内に収められた仏舎利の燃え行く一分一秒を余さず瞳に、心に焼き付けておきたかった。
 長久の時を経て、水分を吐き出し切った大きな柱が一本燃え尽きて大地に伏せるのを見届けると、断腸の思いで康助は炎に背を向けた。
 ――あれはきっと釈迦の肋であったのだろう。そう言い聞かせて。

 翌朝になり、鹿苑寺の関係者は一睡もせぬままに警察の聴取を受けた。多くの者が憔悴し切っていた中、康助の目は冴え切っていた。
 伝え聞くところによると同じ学僧が一人、昨夜から行方が知れぬという。当然面識ある者だ。とてもこんな大それた事をする人間には見えなかったのだが。
 骨組を遺しすっかり焼け落ちた金閣の前で、康助はあの者も燃える金閣を見届けたのだろうかと、それだけが気にかかった。

 数年後金閣は国から巨額の予算を投じられ、建立当初の通りだという輝く金張りの姿を取り戻した。だが、愚かな話だと康助は喜ぶ者たちの陰で苦笑していた。
 再建以前でも以降でもない。あの夜こそが金閣寺であったのだと。


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