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四島トイさん

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餞のトラッド

13/01/21 コンテスト(テーマ):第二十二回 時空モノガタリ文学賞【 お寺 】 コメント:5件 四島トイ 閲覧数:1685

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 杉林の向こうから笛の音をかすかに感じた。足を止め、一呼吸おいて耳を澄ます。春の風がくぐり抜けていく他には虫の声もしない。ナイロン製のケースを背負い直す。
 どさり、という音に振り返る。石段の踊り場に女が一人、腰を下ろしていた。脇に置いたスーツケースの金具が三月の木漏れ日を反射して柔らかく光っている。
「どうしたー」
「見てのとおり。あんたの可愛い幼馴染が疲れてぐったりしてるのよ」
「胡坐かいて水筒ラッパ飲みする可愛い幼馴染ね」
 彼女は気にする様子もなく水筒を手に喉を鳴らした。僕らは別々の大学を卒業しながらも、四月からこの町に戻って働くことが決まっていた。
「久々に帰ってきて、石段上ってるんだから呆れるわ」
「お互い様だな」
 茶化してそう言うと、ふん、とそっぽを向く。軽く笑って、杉林に囲まれた山道を見上げる。歩幅の狭い石階段がずっと上まで続いていた。
「フィドル持ってやろうか」
 振り返って声をかける。彼女はしばし逡巡して首を横に振った。
「いい。自分で持ってける」
 そう言ってから、はっとしたように顔を上げた。何で、とその表情が問う。自然と緩んだ口元を隠して、背負っていたケースを軽く掲げて見せる。
「お互い考えることは同じだな」
 彼女が目を丸くする。何かを口にする前に、重ねるように言った。
「行くか。あっくんのところに」

 かつて僕らはいつも三人だった。僕と彼女と、あっくんとだ。あっくんは勉強嫌いな気のいい奴だった。石段の先に住んでいて、寺の子、と呼ばれていた。
 中学生のある日。僕らは石段をじゃんけんしながら跳ね上がっていた。小学生の頃からの日課だ。あっくんは高校どうすんの、とグーを出しながら僕が尋ねた。
「行かね。そんなに勉強したくない」
 じゃあ何をやるのかと問うと彼は少し言いにくそうに、額を指でかきながら「天狗かな」と呟いた。
「修験者のこと? あっくんち寺だから?」
「俺んちは寺じゃねえ。天狗なの。皆が勝手に寺だって言ってるだけ」
「何それ」
 何だも何もそのまんまだよ、と彼は不貞腐れてグーにした拳を振った。
「えー演奏家になりなよ」
 パーを出した彼女が勢いよく階段を上る。
「公民館で聴いたアイルランド音楽のこと、かっけーって言ってたじゃん」
 彼はチョキにした手をぐるぐる回しながら、あー、と記憶を手繰るように呟いた。
「あれよかったよな。じゃ俺それやるわ。笛な。リコーダー得意だし。だからお前らもやろうぜ」
 満面の笑みを浮かべる彼に、えー、と僕と彼女の声が重なった。
「お前らはベンベン弾いたり、ギーギー引いたりするやつやれよ。な」
 今日から練習だあ、と彼は叫んだ。夕焼けに彼の声が溶けていった。
 かといって僕は何をすることもなく、卒業の日はあっという間に訪れた。その日も石段の頂上に僕らはいた。何故か天狗の面を頭につけたあっくんが、雑談後、不意に後ろ手に持っていたフルートを取り出し、驚く僕らが何かを言うのを拒むように息を吹き込んだ。
 それは彼の真剣さがひしひしと迫る演奏だった。里山と僕らの町を背景にした、ちぐはぐなアイルランド音楽。音色は周囲を渦巻いて、青空に吸い込まれていった。
 演奏後、僕らはしばしぼうっとしていた。すごく、と僕はやっとの思いで口を開いた。声が震えた。すごく上手だった、と。彼女も何度も首肯した。彼は、くしゃりと顔を緩めて微笑んだ。気づけば泣いていた。涙が止まらない。僕も彼女も、あっくんも。
 それでも彼は天狗の面ニッと笑った。餞だよ、とそう言って。それに応じるように一陣の風が起こって、庭の桜が舞い上がる。その桜吹雪の向こうで泣き顔を天狗の面で覆う友人の姿が霞んだ。
 気がつくと、僕は自分の家にいた。

 石段を上りきると咲き誇る桜と、寺院を思わせる立派な木造の日本家屋が静かに佇んでいた。振り返って、石段の向こうに広がる町並みを見下ろした。一息ついて、覚悟を決める。
「あの日、演奏聴いて思ったんだ。何で俺はあっくんと演奏してないんだろう、て」
「……私も」
 彼の餞に応えられない自分が情けなかった。彼に贈りたい想いがたくさんあったのに。
 僕らは視線を合わせると、二人で小さく笑った。やるかっ、うんっ、と言い合ってケースを開く。僕はギターを、彼女はフィドルを取り出す。
 不意にフルートの声が聴こえた。その音は、記憶の中のそれよりもずっと深みがあって澄んでいた。どうだ、と得意げな風ですらある。負けるもんか、と足で細かくリズムをとる。彼女も目配せするだけで、合わせてくる。
 響きあう音に集中する。
 あの時僕らが彼に贈ることのできなかった想いを込める。
 餞だよ、と。


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このストーリーに関するコメント

13/01/21 そらの珊瑚

四島トイさん、初めまして。

大人になるということは、別々の道を選択していくということでありますね。ノスタルジーにふちどられた、胸の奥が切なくなるようなお話でした。とても良かったです。

アイルランド民謡には、なぜか日本的な哀愁があると感じます。

13/01/21 四島トイ

>そらの珊瑚さま

はじめまして。
コメントありがとうございます。わたしにはもったいないお言葉です。
ありがたい限りです。

13/01/22 クナリ

洒脱に始まって、そこからどんどん切なく、はかなくなっていく文章が心地よかったです。
タイトルと、ラストの一言が特に美しいですね。

13/01/22 草愛やし美

四島トイさん、拝読しました。

切ないですね、彼の気持ちがとても痛くてたまらないです。

青春時代は過ぎ去ってしまった、思い出すことも辛すぎて、忘れられない。儚い思い出、美しい映像のようにとても印象に残りました。

13/01/22 四島トイ

>クナリさま

前回に引き続きコメントありがとうございます。
私自身の力量不足に落ち込んでいるだけに、とてもありがたいコメントです。


>草藍さま

前回に引き続きありがとうござます。
やはり恥ずかしいです。

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