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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

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修行するものたち

13/01/17 コンテスト(テーマ):第二十二回 時空モノガタリ文学賞【 お寺 】 コメント:8件 草愛やし美 閲覧数:1849

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 私は、この寺の梵鐘。誰かがこの寺の鐘楼にやって来る。私は、その人にひたすら呼びかけ請うてみる。
「梵鐘をついてみませんか? この私を……一度でいいのです、この私をついて下さい。それはそれは良い音がしますのよ。ゴーンンンンンて、余韻を持ったその音は聞く者の心に響き精進できると言われています。日本の三名鐘にひけをとらない梵鐘と噂されこの寺を盛り立てています。一度鳴らしてみれば私の良さがわかるものです。梵鐘はつかないと駄目でしょう、そこのお方、見るだけでは絶対わからないのですよこの音色は……」
 呼びかけても梵鐘って簡単についてはいけないものとか、あぁ、お寺に参拝した人々が帰っていってしまわれる。待ってと言っているのに、今日も駄目がっかりだわ。昔は、そうずっと昔は、朝昼晩と時刻を知らせるために私は、つかれていた。でもね、都会の真ん中にある私は今では騒音になるだけと、大晦日にしか鳴らされなくなった。
 ここだけの内緒の話なんだけど、私自身はそんな音の良さなんてほんとはどうでも良いの。ただ鳴らして欲しいの、そう鐘をついて欲しいだけ……Mの私はひたすらそれを待つ日々。多くの人々がこの寺を来訪するけれど梵鐘の私を眺めるだけなの。
「どうして? いくらでもついてくれれば良いのに……」
 そう強くお願いしているんだけど、人間に私の声は届かない。なんてこと、寺にいながら、私の願いは仏様に届かない。吊り下げられた私は鐘楼から出られない。参拝できないから仕方ないことだけど、私の嘆きは終わらない。
 どれほど大晦日を待っていることか――あの日は格別に素晴らしい日。だって、108回も梵鐘が鳴らされるのよ。全国各地の梵鐘のあるお寺というお寺で、除夜の鐘の行事が執り行われる。梵鐘は久しぶりに活躍の場が来るの、でも他の梵鐘たちはそれをお仕事として捉えていると思うわ。私だけだと思う、こんなについて貰いたいと、願っているのは。
 私には憧れるものがあるの。初めてそれを見た時は衝撃だった。あんな素敵なことあるのかしらって見とれてしまった。それは本堂にある木魚さん。木魚さんは、朝夕叩かれるのよ。それも短い間隔で、ポクポクポクよ。何て素敵なの、あの速さ。私なんか、ゴオオーンよ、それから響き渡っている間、鐘つき役の坊さまの手は止まってしまう。酷い時は数分経ってからでしか鳴らされない。でも木魚さんは、お経を読まれてる間、ずっとよ、ずっと途切れることなく、ポクポクなのよ、凄いわぁ。

 私は、毎日飽くことなく木魚さんをじっと憧れの目で見ていたわ。ついにある日、私は木魚さんに声をかけた。
「木魚さん、良いですねぇ、溜息が出ちゃいます」
「何が良いのでしょうか? こんなに叩かれ続けているというのに」
「えっ! どうしてなのでしょう、私だったら大喜びしますのに。私はMなので、梵鐘をついて欲しいのです。でも、年に一度だけですのよ、大晦日につかれるだけの生き様。いくら108回つかれても年に一度は悲しいですわ。あなたが羨ましくって仕方ないのです。一度でも良い、毎日そんなに叩かれてみたいです」
「あなたはMなのですね、でも僕よりは良い生き方していますよ」
「どうして? どこが良いの、こんな生き方」
「実は、僕はSなのです。Sなのに、叩かれて生きていくしかないのですよ。あなたは、年一回でも楽しい時間を持てるではないですか、なんて羨ましいのだろう。僕は、そんな時間を持つことは一生涯ないのです」
「なんてことでしょう! あなたSでしたの……」
「日々、叩かれ、ある意味地獄です。地獄があるのは寺だから仕方ないのでしょうか……」
 私は自分が幸せな生き方をしているのだと初めて気づいた。木魚さんに比べればなんて良い生き方か。
「私はあなたが喜んでいるのだとばかり思っていましたわ。Sのお方が叩かれるとはどれほどお辛いことか……」
「わかって下さっている方がおられる、それだけで僕は救われます。寺とは、日夜修行をする場だと和尚様に教えていただきました。僕たちは、寺で生きるもの、どんなに辛くても、お互い修行に励みましょう」
 少し涙ぐんだような声が聞こえてくる。私は、梵鐘で満足しなくては……そう思っている。



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このストーリーに関するコメント

13/01/18 そらの珊瑚

草藍さん、拝読しました。

絶妙なユーモアのなかに、人生ままらぬ修行の日々であるということをしみじみ思いました!

13/01/18 泡沫恋歌

草藍さん、拝読しました。

梵鐘と木魚のお話面白い視点ですね。
お互いのSとMを交換出来たら、幸せになれるのに・・・(笑)

13/01/20 クナリ

梵鐘や木魚が、煩悩の塊みたいなことになっているじゃないですかッ。

お寺の話だというのに、どこか八百万の神々的なほほえましさがありました。
人間が使う道具同士の掛け合いが人間らしいというのは、面白いですね。

13/01/21 ドーナツ

SとMってのが最高です。
今までそんなこと考えなかったですが、確かにそうですね。
こういうところに目を付ける発想がすごいです。
鐘の音、なんとも言えず落ち着くので好きです。いつかお寺に行ったら 付いてあげようかな。

13/01/22 鮎風 遊

梵鐘も木魚もええ性格ですね。
その良さが音色に変わって、聞こえてくるようです。

田舎の寺では、夕方6時になるとゴーンと鳴ります。
情緒ありますよね。

13/01/22 草愛やし美

>そらの珊瑚さん、ありがとうございます。

人生ほんと、ままならないものですね。帯に短したすきに長しなんてことわざありますが、丁度が一番難しいようです。

>泡沫恋歌さん、コメント嬉しいです。

どちらも叩かれるのですが、立場が変わればというところでしょうか。この作品書いたので私、梵鐘見たら、Mかもって思ってしまいそうです(爆笑)

>クナリさん、読んでくださってコメントありがとうございます。

お寺がテーマなんですよねぇ、この話、投稿しようかどうか正直迷いました。お寺の方や、仏門を目指す方にお叱り受けそうな気が今もしています。でも、フィクションということでなんとかなるかと思い切って出しました。人生に笑いも必要ですよと叫んでおきますね(笑)

>ドーナツさん、ありがとうございます。

ぜひ、鐘をついてあげてください。鐘の音は遠くから聞こえてくると何だか侘しくってとてもいいのですが、近くだと大音響すぎます。あれは響くというのがよいのでしょうね。

>鮎風さん、楽しんでいただけたようで嬉しいです。

ええ性格でしょう、自分でも気に入ってます。田舎だと午後6時なんですか、我が家の近辺では大晦日でも聞こえません。大晦日でさえ、テレビでしか聞いたことないかもですわ。

13/01/26 ohmysky

二人の会話の間に、観音菩薩様が割って入り、
「わたしなんか、いつも放置プレイよ!」と叫ぶっていうのはどうでしょうか?

13/02/18 kotonoha

草藍さんの発想が素敵です。
何処からそんなユーモアが生れるのでしょう。

私マイフレさんからあなたはМですね。なんて言われて怒ったことがありました。常に使う言葉なのですね。
田舎者の私は何か失礼なことを言われたようでプンプンしていました。爆

そんないい音のする梵鐘を衝かせていただきたく思います。

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