ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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13/01/17 コンテスト(テーマ):第二十三回 時空モノガタリ文学賞【 バレンタインデー 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1673

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教室のドアが開き、金子先生が教科書を片手に持って入って来た。
教室の窓からは、午後の気持ちのよい日差しが差し込んでいて、直子は手の甲で目を擦って眠気を紛らわした。
グラウンドでは、隣のクラスの3年4組の生徒達が準備体操を始めているところだった。
「はい、授業を始めますよ」
クラスの生徒達は皆、金子先生の号令を無視して、会話に夢中の者や机に突っ伏して仮眠中の者ばかりだった。
金子先生は、チョークで今日の化学の授業のテーマを黒板に書き始めた。
前の席に座る佐々木里美が体をねじって後ろを向き
「ねえ、直子、マジ無理なんだけど」
「どうしたの?」
「金子よ。マジ金子キモイ」
里美は顔中の表情筋を大袈裟に動かして、いかにも嫌悪感を露骨に表す表情をつくった。

化学の授業を担当する金子先生は、本来は2年生の授業をうけもつ先生なのだが、3年生の化学の授業をうけもつ田中先生が、1ヶ月前から病気療養のために学校を休んでいるので、代理として3年生もうけもつことになったのだ。
噂によると、田中先生はうつ病らしい。
「ねえ、直子。私、金子が教室にいるだけで鳥肌がたってくるの。見てこれ」そう言って、里美は制服の袖をまくって腕を直子に見せた。
「ねぇ。鳥肌たってるでしょう」
頷く直子に再度、嫌悪感を表す表情をつくって、里美は前に体を向き直した。
金子先生は、クラスの女子や男子から嫌われていた。
以前、ブラスバンド部の後輩の女子生徒から聞いた話によると、2年生からも嫌われているらしかった。
理由は、ボソボソとした声で授業を進めるからであった。
教室の窓からグラウンドに顔を向けると、3年4組の生徒がグラウンドをゆっくりと走っていた。
直子は抑えられない眠気に次第に負けていった。
「お母さん、お父さん遅いね」
台所で食器を洗っているお母さんの背中に声をかけた。
「残業でしょう」
「ふ〜ん」
直子は2階の自分の部屋に行き、机に座って引き出しを開けた。
緑の包装紙に包まれた、手作りのバレンタインチョコがそこにあった。
突然、台所から皿の割れる音が響き、お母さんの「割っちゃった」という声が聞こえてきた。
それから2時間近く過ぎた午後11時過ぎ、居間の電話が鳴った。

チャイムの音で、ハッと目が覚めた。
金子先生が教室のドアを開けて出て行く後ろ姿が見えた。
「あ〜マジキモかった」そう言って、里美が後ろを向いて声をかけてきた。
「直子、爆睡してたね。話かけようと思ったら、寝てるんだもの」
「ごめん、寝ちゃった」
「いいよ。金子の授業受けるくらいなら寝ていた方がよっぽどいいよ。それより直子!」
「何?」
「本当に今日のバレンタインデー、誰にもチョコあげないつもり?」
「うん」
「こういう機会を利用して片思い中の木村君に告白すればいいのに」
「まだ、告白する心の準備が出来てないから……」
「あたしは今日、告白するからね」
この言葉を里美から聞かされるのは、今日で6回目だった。
里美は、バイト先のスーパーに勤める20歳の男性にチョコを渡して、告白するつもりらしかった。
休憩時間終了のチャイムが鳴った。
次の数学の授業が、本日最後の授業だった。
数学の授業が終わりホームルームも終わると、里美は「告白、頑張るからね!」と、直子に言い残して、教室を出て行った。

廊下の窓から西日が斜めに差し込んでいた。
直子はカバンを手に持ち、2年7組の教室前の廊下にたたずんでいた。
直子は迷っていた。
このまま帰ろうか、それとも渡そうかと。
突然、教室のドアが開き金子先生が出て来た。
「あなたか。ドアの隙間から人影が見えると思って出てみれば」
「はい……」
「2年7組の生徒に用でも? もうとっくに帰りましたよ」
「いえ、先生に……」
「私に? 何か?」
直子は恥ずかしさを堪え、カバンから緑の包装紙に包まれたチョコを取り出し、金子先生に渡した。
「先生、受け取って下さい」
金子先生は、大きく瞬きを繰り返しながら
「この私に……私に、くれるのですか?」
「はい。金子先生は私のお父さんにそっくりなんです」
「あなたのお父さんに?」
「はい。私のお父さんは、去年のバレンタインデーに亡くなりました」
「ご病気で?」
「いえ、自殺しました。突然、リストラを言い渡されたそうで……」
「そうでしたか……」
「わたしあの日、お父さんに渡そうと初めて手作りのチョコを作って待っていたのに」
直子の両目からは、涙が流れた。
「あなたのお父さんに代わって、私がチョコを頂きますね。どうも、ありがとう」
直子は嗚咽を漏らしながら、泣いた。
金子先生は、直子を黙って静かに見つめていた。
グラウンドから、金属バットがボールを弾く音と、生徒の掛け声が聞こえていた。
直子は、金子先生の胸に顔を埋めて子供のように泣き続けた。


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