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新屋鉄仙さん

小説サークル『堕楽堂』代表。鉄仙のショートショート(https://www.tessenshortshort.com)運営。北海道札幌市在住。会社員。趣味は料理とアナログゲームのコレクション。平成24年に若年性パーキンソン病を発症し、『前向きな自暴自棄』で人生を楽しみ始め、2017年からショートショートを書き始めました。

性別 男性
将来の夢 小説家デビュー
座右の銘 できる、できないではない。やるか、やらないかだ!

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何でもあります

18/07/10 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 新屋鉄仙 閲覧数:92

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 ゴールデンウィークの初日、連休を読書で過ごすことにした独身男の陽介は、家から少し離れた大型書店に来ていた。
話題作を次々と手に取り、どれを買って帰ろうか悩んでいると、胸ポケットに入れていた携帯電話が小刻みに揺れた。
 相手は会社の同僚で、コンパのお誘いメールであった。コンパの場所は今いる書店から近く、開始時間も二時間後であった。今から家に帰っても、すぐに戻ることになるため、小説を一冊だけ買って近くの喫茶店で時間を潰すことにした。
 喫茶店を探すため、あたりを見回すと、道路を挟んだ斜め向かいに真っ白な看板が目に入った。

 『何でもあります 夢と希望以外は 満月堂』

 陽介は、この奇妙な看板に惹かれた。時間潰しに丁度良い。ひとつからかってやろう。そんなことを考えながら、看板の指す場所へ向かうことにした。

 路地裏を進んで見つけた店は、木造一階建ての古民家だった。ドアには『満月堂』と書かれた大きな看板があり、その下には『何でもあります 夢と希望以外は』と書かれた小さな看板が貼り付けてあった。
「何でもあるとは、ずいぶん大げさな……」
 陽介は独り言をつぶやきながら、今にも取っ手が外れそうな年期の入ったドアを引いて店の中へと入った。
 歩くたびに木造の床がギィーギィーと音を立てる。店内は狭かったが、通路は広めにとってあり、背の低い棚が縦に並べてあった。店の中は狭く、十歩も歩かずに店の奥のカウンターにつく程度の奥行きしかなかった。奥のカウンターには、この店の店長とおぼしき黒く長い髪を後ろに束ねた女性が一人座っていた。
「あの……入り口に『何でもあります』と書かれていたんですが、本当ですか?」
 陽介は冷やかし半分で聞いてみた。
「ええ、何でもありますよ」
 この店の店長である雪江が淡々と答えた。
「コーラありますか?」
「はい、あちらに」
 雪江は右手で頬杖をつきながら、面倒くさそうに左手で左を指差す。指し示した方にはレトロな二段式の冷蔵ショーケースが置いてあり、下の段にはコーラやオレンジジュースが入っていた。そして、なぜだか、上の段は『ラブアンドペッパー』という外国製の珍しい飲み物で埋め尽くされていた。『スパイシーな愛を注ぎ込め』というキャッチコピーで売られている薬品臭い飲み物だ。
「ラブアンドペッパー? なんでこんなマニアックな飲み物があるんですか?」
「それ、私のお気に入りだから……」
 そう言って雪江はカウンターの下から、飲みかけのラブアンドペッパーを取り出し陽介に見せた。
「なるほど……」
 陽介はうなずきながら店内を見回す。狭い雑貨屋だが、よく見ると外国製らしき派手な色のパッケージのお菓子なども置いてあった。これらのお菓子も彼女のお気に入りなのだろうと思いながら視線を壁にやると、『ネットショップあります! 倉庫から直送なので速くて安心!』と書かれた手作りポスターを見つけた。たぶん、商品の在庫はこの店以外にもあるということなのだろう。確かにこれなら、『何でもあります』かもしれない。
 雪江は陽介のしてやられたという表情を見て、ニヤリと笑った。
 ここで引くと負けを認めたことになると思った陽介は、黙って店の中を見渡しながら、雪江をぎゃふんと言わせられる案はないかと真剣に悩み始めた。
 ここにきて陽介に名案が浮かんだ。形のあるものでなければ、この店にも置けないのではないか。
「夏の思い出はありますか?」
 陽介は自信に満ちた顔で雪江を見下ろしながら問いかけた。
「ありますよ。色々。蝉の抜け殻に、かき氷のシロップ、湿気て使えないと思いますが線香花火も」
 雪江は頬杖をついたまま、あざわらった表情で見上げた。
「愛はありますか?」
「はい、これで」
 続く陽介の難題に、雪江は先ほど取り出したラブアンドペッパーを得意気に見せた。
「『スパイシーな愛を注ぎ込め』というやつですか?」
「おおっ、よく知っているね。そうそう、それそれ」
 その後も陽介の無理難題は続いたが、雪江はのらりくらりと見事に交わしていった。似たもの同士なのか、お互いに一歩も引き下がらず、問答が一時間以上も続いた。
 陽介は何を言っても、うまく切り返してくる雪江との会話が楽しかった。
「僕と付き合ってくれる女性は、このお店にいますか?」
 陽介にとって生まれて初めての告白だった。
「申し訳ございません。当店は表の看板に書かれていた通り、夢や希望は置いてありません」
 陽介の初めての告白はいとも簡単に断られてしまった。それでも陽介は諦めなかった。
「デートだけ、いや、あのご飯だけでも……」
「私、外に出られないんです」
 毅然とした態度で言い放つと、雪江は、座ったままカウンターの後方へ下がり、体を九十度回転させてカウンターの横から出てきた。
 黒いゴムタイヤが陽介の目に入る。雪江は椅子に座っていたのではなく、車椅子に乗っていたのだ。膝上までの丈のショートパンツからは膝だけが出ていた。膝から先にあるべき脚が一切なかったのだ。
 大抵の男は雪江の脚を見てぎょっとし、何も言わずに立ち去るか、ありきたりの慰めの言葉をかけ、申し訳なさそうにその場を去って行った。
 雪江は、自らの不幸を分け与えることができるこの瞬間がたまらなく好きだった。
 例に漏れず、陽介も目を見開いて、驚きの表情を見せている。
 彼は何と言うのだろうか? 何も言わずに黙って立ち去っていくのだろうか? 雪江は悪趣味な期待で胸を膨らませた。
 陽介は左手を右肘に、右手を顎に当て、考え込み始めた。
もう十分は経つだろうか。陽介は考え込んだまま動かない。さすがに雪江もしびれを切らした。
「さっきから、何を考え込んでいるんですか?」
 はっ、と驚いた顔をして陽介が我に返る。
「ああっ、すみません。デートコースを考えていたもので……」
「デートコース?」
 雪江は、陽介が慰めの言葉を考え込んでいると思っていたため、意外な返答に驚いた。
「車椅子でもバリアフリーな場所を選べば楽しめると思ったのですが、やっぱり人目が気になりますよね? あまり人がこないところだと、今度は車椅子ではいけないし……」
「私、デートするとは、一言も言っていないんですけど?」
「そうだ! ここでデートなんてどうでしょうか? 営業時間が終わったら、このお店の中でお話ししませんか? レンタルビデオ屋さんで借りた映画を一緒に見るのもいいかも……」
「私の話、聞いています?」
 雪江は呆れながら陽介に訊ねた。
「すいません。そうですよね。あなたの希望を聞いていませんでしたね」
「ですから、この店に希望はないんです。私は事故で脚を失ってからというもの、夢とか、希望とか、捨ててしまったんで!」
 雪江はいらだちながら答えた。
「それなら大丈夫です。俺があなたの夢や希望になりますから」
 陽介は両腕を広げ、太陽のような笑顔で答えた。

 翌年の春、店に一枚の写真が飾られた。

 さらに翌年の春、もう一枚の写真が店に飾られた。

 最初の写真には、車椅子に乗った笑顔の花嫁と、隣でデレデレと照れながら立っている花婿が写っており、写真の下には、『夢』というタイトルがつけて飾られていた。
次に飾られた写真には、生まれたての赤ん坊が写っており、『希望』というタイトルをつけて飾られていた。

 二枚の写真が店にそろった日、『夢と希望以外は』と書かれた小さな看板が取り外され、店の中からは元気に泣く、希望の声が響いていた。


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