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早川さん

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彼が微笑したあとがき

18/07/06 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 早川 閲覧数:71

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 僕は教室の隅でじっと本を読んでいた。最近有名になった本だった。僕の好きな作家がそれを書いた。午後の教室で講義が終わった後、こうして過ごしていることが多くなった。
 僕がそうしていると後ろから一人の男が話しかけてきた。僕は彼のことを知っていた。この学科で一番できるやつ、文学部の中で唯一大手の出版社に内定が決まったやつだ。彼は自分で小説を書いたこともあり、どこかの県の文学賞を受賞したことがあるらしい。そして僕と同じように常に暇さえあれば本を読んでいるのを見ていた。
「君も本が好きなのか?」と彼は後ろから僕に問いかけた。
「最近流行りのベストセラー。俺が一番好きな作家の本だよ」と僕は言った。
「読んでないな」
 彼はそう言って自分の持っている文庫本のページをぺらぺらとめくっていた。
「君くらい小説を書いている人がこれを読んでいないなんて」
 僕はそう言った。
「どうも最近の流行りには疎くてね。人生で本を読める時間は限られているから」
「まぁそうだけど」
 僕はそう言ってストローで紙パックの紅茶をすすった。彼が持っているのは昔の本だった。僕もそう言った本を読んだことがないわけではないが、最近の作家は時代に合っているせいか引き込まれ感動することが多い。
「それ面白いの?」
「ああ、面白い」
「よかったら、俺の持ってるこれと交換しないか?」
 彼は僕にそう言った。
「いいよ。ちょうど読み終わって再読していたところだからさ」
「ありがとな。今度返す時はお互い感想を言い合おう」
 僕はその場で借りた本を読んだ。内容は短編集だった。確かに深い見識を持っている。それに文学賞を受賞したことがあるやつが勧めてきた本だ。内容は優れていた。僕はまるで何かに引き込まれたように没頭していた。
 いつの間にか時刻は夜になっていて、窓の外は暗い。僕は帰る支度を始めた。その頃には彼から借りた本を大体読み終わっていた。なんとなく全体を読んだところで、残るはあとがきだけだった。
 僕は電車に乗りながら家まで帰る途中にあとがきを読んだ。あとがきはとある有名な詩人が書いていた。そして一文に引き込まれた。この詩人がどれだけこの作者に、そして文章を批評することに誇りをもっているのかを感じたのだ。
 次の日にまた彼と出会った。彼は授業が始まる前に大事そうに本を抱えていた。
「凄く面白かった。どこか最近の作品は味気ないと馬鹿にしていたけれど、考え方が変わったよ」
「僕も読み終わったよ。凄くよかったと思う。特に惹かれたのはあとがきの方だけれど」
「君はあとがきに惹かれたの?」と彼は僕に聞いた。
「うん」と僕は言った。
「不思議だな。俺は作品の方に凄く魅力を感じたんだけれど」
「人それぞれ、異なったところに良さを感じるんじゃないかな?」
「面白いな。ところで君は小説を書かないの?」
「読むのは好きだけれどね。僕は文学部に入ったものの、小説にそこまで没頭するつもりはないんだ。就職先も本とは関係ないしね。でも読むことは好きだよ」
「そうか」
 彼はそれ以上言わなかった。僕らは隣同士に座り、文学の講義を受けた。僕はふと小説とはなんだろうと考えた。
「僕はこの小説で世界観が変わったんだよ。ずっとこの作家には励まされてきた。確かに君の言うように最後のあとがきはいいね。凄く人生を上手く生きている感じがする。いわゆる僕が好きな作家は不器用に生きている主人公が出てくるんだ。暗くて、絶望していて」
「絶望?」
「そう」
「僕だって悲観的になることはあるよ」
「でも君はしっかりと地面に足をつけて生きている気がする」
「きっと君が好きな作家は繊細すぎるんじゃないかな?」
「そうだね。暗くて、でも時には楽観的で、そして君の言うように凄く繊細だ」
 僕らは講義が終わると、カフェテリアに向かってランチを食べた。辺りから人ごみにあふれていた。
「ところで、さっきのあとがきをもう一度読んでみた」
 彼はそう言った。
「どうだった?」
「確かに君のいうように素晴らしいあとがきだったよ」
 彼はそう言って微笑した。


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