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紫聖羅さん

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俺の罪は君が知らない君の秘密

18/07/03 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 紫聖羅 閲覧数:64

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 妻の桜が息子と買い物に出かけている間、俺は引き出しの奥から、ある手紙を取り出した。箱に入れ、10年以上経ってもシワなく保管していたこれは、自分宛ての手紙ではない。桜に宛てられたものだ。
 桜と付き合い始めたのは、高校2年の夏だ。最初から桜が妥協して俺と付き合っていることは分かっていた。
 幼なじみの桜のことを、いつから好きだったのかは覚えていない。俺は想いを告げられないまま、桜も俺の気持ちに全く気付かないまま、高校生になった。
 そしてついに、恐れていたことが起きた。桜が恋をしてしまった。しかも相手は担任の教師だったのだ。
「真道先生は桜の花が好きなんだって! なんか嬉しくなっちゃう」
 当時桜は先生の言動に一喜一憂して、逐一俺に報告した。俺はただ相槌を打つしかなかった。
 桜は高校1年の新入生歓迎会で、真道先生のことを好きになったらしい。これからの新生活が不安で緊張していたところ、優しく声をかけてきたのが真道先生だったという、それだけのことである。だが、それだけのことで人は恋に落ちる。
 そして俺にとっては不運なことに、俺と桜の担任は真道先生となった。

 高校1年の終わり、春休みに入る直前、桜は真道先生に告白した。俺はそこに至るまで、何も変わっていなかった。約1年、ひたすら桜の話に相槌を打ち続けただけだ。
 結果は聞かずともすぐに分かった。その後俺は、傷心の隙に入り込むという姑息な手を使い続け、高校2年の夏にようやく告白した。桜の心は癒えていなかったが、俺たちの交際はスタートした。
 桜が妥協して俺と付き合っていても、構わなかった。俺にとっては十数年の想いがやっと実ったのだから。

 時の流れとともに、桜も徐々に俺の方へ心を向けてくれるようになっていった。そんな高校3年の秋、桜は過去を吹っ切るように、あの告白の先生からの返事だと言って、おどけるように、手紙を俺に見せてきた。今も俺の手元にある、正方形の小さな手紙だ。
「春休み直前だったから、急いで返事をしようと思ったんだろうね。こんな小さな紙しかなかったみたい」
 桜がそう言っていたのを思い出す。真四角の小さな紙のスペースを惜しむように、ほとんど改行なくぎっしり書かれている。

 「そろそろ桜が咲き始める頃だね。
  いつ咲くのか毎年待ち遠しいよ。楽しみで、つ
  い授業中も窓の外が気になってね。ごめんね、
  君からしたらどうでもいい話だよね。告白の返
  事をするためにこの手紙を書いたのだから。君
  のことだから、とても悩んだだろう。そういえ
  ば、新入生歓迎会の時も、新しい学校生活が不
  安で一人だけ考え込んだ顔をしていたよね。そ
  ういう真面目な君に告白され、驚いているよ。
  だけど、ごめん。良い返事はできない。付き合
  うことはできない。ぼくは教師で、君は生徒だ
  から。本当にごめん」

 この手紙はこれで終わりでなく、裏面に「追伸」が書かれていた。

「人生は平坦ではない。いつもまっすぐとは限らない。時には斜めに進むこともあるだろう。でも、その先にあるのはきっと明るい未来のはずだよ。今は辛くても、ぼくの言葉を信じてほしい。もちろん、こんなことを言っても、君の心が変わらなければの前提だ」

「全く、最後はいかにも教師らしく上からものを言っちゃってさ。しかも、君の心が変わらなければって意味が分からないよね。笑っちゃう」
 その言葉は本心なのか強がりなのか、おそらく後者だろう。桜はこの手紙を「好きにして」と俺に押し付けた。それは自分では捨てられないが、手元に持っておきたくもなかったからだろう。
 けれど、俺はこの手紙に隠されたメッセージに気付いてしまった。あとがきに書かれていた、「斜めに進むこともあるだろう」これはつまり、斜めに読めということではないか。本文を始めから斜めに読んでみると、真道先生の本当の気持ちが記されていた。
 おそらくこんな手法をとったのは、手紙が流出してしまうことを恐れたのだろう。そして、「君の心が変わらなければ」それはつまり、その頃まだ、桜の気持ちが変わっていなければ、ということになる。
 だから俺はこの手紙を桜に二度と見せなかった。桜のためを想うなら、本当は見せた方がいい。その上で、決めるのは桜だ。でも、どうしてもできなかった。
 いっそ手紙を捨ててしまいたかったが、罪悪感からできなかった。
 いつか、自分に自信を持てたら、その時見せようと決めた。いつかの桜のように、笑い話にして、実はこんな隠し要素があったんだぞ、と教えてやろう。
 いつか、桜と結婚できたなら、その時は。

 玄関の方から物音がした。桜と息子が帰ってきたようだ。俺は手紙を丁寧に箱に入れ、元通り引き出しの奥へしまう。
 今でも俺は、本当のことを言えずにいる。


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