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蒼樹里緒さん

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傷痕を書き記す

18/07/03 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:80

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 報告書にあとがきなんて要らない、と『凶器保全協会』の事務員さんからはよく言われます。『凶器』から読み取った死者の記憶を、正確に書き記すだけで良いのだと。確かに、それが『解読者』としての私の職務です。
 けれど、私見もどうしても書き添えたくなってしまうのは、作家志望だった人間の性なのでしょう。亡き父のように『凶器』にまつわる物語が書きたいと願っていた、子ども時代の夢の名残として。
 今回の『凶器』は、拳銃でした。とある街で執り行われた警察関係者の葬儀の際、警察官と揉み合いになった参列者の女性が、拳銃を奪おうとしました。ふとした拍子に、彼女の指が引き金を引いてしまい、そのまま死亡して『凶器』の拳銃へと姿を変えたのです。銃口が偶然胸に向いていたこともまた、災難だったのでしょう。
 事件収束後、偶然その街を訪れていた姉と私は、協会支部へ立ち寄った際に警察官の方から依頼を請けたのでした。
 取調室で、私は机上の報告書を黙々と記入します。机の中央には、記憶を読み取ったばかりの『凶器』が置かれたまま。
 私の隣で、姉は退屈そうにあくびを漏らしました。
「姉さん、行儀が悪いですよ」
「だってー。座って待ってると、眠くなってくるし」
 姉の半眼が、報告書とは別の紙をのぞき込みます。
「また律儀にあとがきまで書いてんの? いらなくない?」
「読書の際、まずあとがきから読まれる方々もいらっしゃるそうですよ」
「いや、協会の事務員は、さすがにそういうわけにはいかないんじゃない? あたしたち以外にも、調査員や『解読者』はいるんだし」
「そうですね。きっと、報告書も山のように読まれるでしょう」
 けれど、そんな単調な作業は、必ず途中で飽きが来ます。
「似たような文章ばかり目を通していては、事務員の皆さんもお疲れになります。このあとがきは、私なりの気遣いなんです」
「え、どの辺が?」
「私は毎回、あとがきに事務員の皆さんへのお礼も書いてます。ご覧になった方々のお気持ちが、少しでも癒されるように」
 机を挟んで向かいに座っている、担当の若い警察官さんも、和やかな笑みでうなずかれました。
「僕もですよ。労いのお言葉がいただけると、本当にありがたいです。特に、子どもたちからの手紙は」
「そうですよねぇ」
「ふぅん。そういうもんなのかしら」
 和み合う私たちを尻目に、姉は怪訝そうです。
 警察官さんに出していただいた紅茶を味わいながら、私はあとがきを書き進めました。
 報告書に添付する別紙ではありますが、これもまた警察署や協会できちんと保管される資料の一部となるのです。もっとも、協会ではあとがきは一定期間経過後に処分されているかもしれませんが。
 そうして無事に書き終え、警察官さんに二枚の書類を渡しました。警察署長さんに承認印を押していただき、報告書とあとがきの内容を同署の記録係さんに全文書き写していただいてから返却されれば、あとは自分たちで協会へ提出できます。
 紅茶を一口飲んだ後、姉がしんみりと呟きました。
「……そういえば、父さんも楽しんでたわよね。自分の本のあとがきを書くのも」
「ええ」
 協会の公益活動の一環として、父は『凶器』に関する著作を書き続けていました。子どもたちにもわかりやすく知ってもらえるようにと、童話のかたちで。それを読んで育った私たちにも、深い思い入れがあります。
 執筆活動にも苦労は付き物ですし、特に締切間際の父の後ろ姿には、気軽に声をかけられないほどでしたが。

「あとがきって、毎回何を書こうか悩むんだけどね。結構好きなんだよ。本作りに関わってくれた人たちや、読んでくれた人たち、それから――いつも支えてくれる、大事な家族へのお礼も伝えられるからね」

 そんなふうに語り、私たちの頭を優しく撫でてくれた父を、今でもはっきりと思い出せます。
「私は作家の道を選びませんでしたが、報告書にあとがきを書き続けるのも、お父さんの想いを受け継ぎたいからでもあるんですよ。姉さんや一部の方々にとっては、無駄に見えることでも」
「……うん。なんか、ごめんね」
 横から私を抱きしめ、姉は謝ってくれました。銀色の前髪が、私の肩にさらりとかかります。
「いいんですよ、わかってくれれば」
 姉の腕にてのひらをそっと添え、私は微笑みました。
 しばらく談笑し、紅茶を飲み終えそうになった頃、警察官さんが書類を手に戻って来られました。
 取調室を出て、警察官さんに私はお辞儀をします。敬礼して見送ってくださる彼に背を向け、私たちは廊下を歩き出しました。
 報告書とあとがきの紙を、鞄で大切に運びながら。

 歴史のため、『凶器』による傷痕を書き記すことが、私たちの役目ですが。
 他者や自分の想いの痕跡も書き記していけば、それが生きた証となり、未来に残り続けるのです。


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