浅縹ろゐかさん

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18/07/01 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件  浅縹ろゐか 閲覧数:170

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 私はこれまで後悔しないよう、正しく生きてこられたのでしょうか。そのように疑問を感じたのは、病に臥せり余命宣告を受けた春先のことでした。残された時間がそう多くないということを知ったとき、死に対する恐怖よりも、これまでの生き方に対する後悔の方が幾らか上回っていたのです。
 私は癌を患い、二年程前から闘病生活を送っております。如何やら手術をするのが難しい箇所らしく、放射線治療をして様子を見ることとなっていたのです。当初は、発話するときの喉の違和感だけでした。がさつくような感覚が何日も続き、風邪とも違うようなので近場の病院へ足を運んだのです。そこで詳細な検査が必要だということになり、この地域で一番大きな病院へと行くこととなりました。私は今、その病院のベッドに居ます。
 入院が必要になるまでの間は、仕事をしながら通院をしていました。今考えれば、少々無茶をしていたように思います。家族とは疎遠になって十年以上経っているということもあり、私は病のことを家族にさえ伝えていませんでした。職場の上司にだけは、通院が必要な病を患ってしまった、という報告をしたのです。通院の際には上司の了承を得なければいけなかったのです。入院と同時に休職となりました。
 これといった趣味もなく、友人と呼べる人も殆んど居なかった私ですが、唯一心を許せる相手が居ました。癌を患う前に拾った、茶虎の猫です。自宅最寄り駅の段ボール箱に入っていた、小さな子猫と共に暮らしていました。拾った当初はぼさぼさしていて、目脂で貼り付いた目は上手く瞬きができないようでした。お世辞にも可愛らしい子猫とは言い難い姿を、私は今でもよく覚えています。夕暮れに子猫に出会ったものですから、その時間から診察をしてくれる獣医へ連絡をして急いで連れて行きました。みいみい、と鳴く段ボール箱を抱えて早足で歩く私の姿は、少しばかり怪しかったかもしれません。獣医に処方された目薬を毎日忘れずに点眼をしてみたら、すっかり子猫の目は綺麗になりました。金色のぺかりとしたビー玉のように輝く目に、私は見惚れてしまいました。茶虎の子猫に、私はユウと名付けました。出会ったのが夕暮れだったからという、私らしい安直な理由でした。子猫を拾う義務は、私にはありませんでしたが、放っておくことができませんでした。私はこうして、成り行きで猫との同居を始めたのです。
 入院しなければならなくなったとき、一番に困ったことはユウの世話でした。流石に病室に連れて行ける訳もなく、だからといって他に当てがある訳でもありませんでした。入院をする際の手続きなどで、私は家族に頼らざるを得なくなったのです。今になって連絡をするのも気が引けましたが、ユウのこともありましたので実家の母に電話をして訳を話したのです。当たり前ですが、随分と母は心配をしていました。幼少の頃から怪我も病気も縁がなかった私が、こうして癌を患い入院をすることになったのです。入院当日に母を自宅に呼び、ユウの餌や気を付けて欲しいことなどを記したメモを渡して、世話をきちんとしてくれるように頼みました。母にこうして頼み事をするのは、随分と久し振りのことのように思います。入院の手続きも終えて、母は私の自宅から病院に通うということになりました。長丁場となる治療だろうから、実家に居て構わないと伝えましたが、聞き入れませんでした。
 それから殆んど毎日、母は私の元へやってきました。ユウの様子であったり、季節が移り変わる様子であったり、様々なことを話してくれます。十年以上疎遠だったので、その間を埋めるかのように母は話し続けました。話すことで気が紛れるのかもしれません。私の患った癌は進行が早いようで、転移が見付かりました。そのときの母の表情は、やはり忘れることができません。
 もっとユウとの時間も欲しかったですが、母との時間というのも、私は今になって欲しくなってしまいました。まさか親より先に自分が死んでしまうとは、思ってもいなかったというのが正直なところです。せめて年に一回は、きちんと連絡を取っていたらと悔やむのでした。
 私にはあまり時間がありません。来週には如何なっているか、と言われております。私の生き方は、果たして正しかったのでしょうか。私はその答えがまだ分かりません。もっと家族との時間を、大切にするべきだったでしょうか。ユウともっと遊んであげるべきだったでしょうか。私は自分の疑問ばかりをこのノートに書き連ねておりますが、それも今日で終わりにします。これを何方が見ているのか分かりませんが、私はきちんと生きていられたでしょうか。もしよろしければ、それだけでも教えて頂ければ幸いに思います。貴方様はきちんと後悔せずに、生きておられますか。如何か、私を反面教師にしてください。後悔する生き方など、するものではありません。


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