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今ならば

18/06/30 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件  閲覧数:75

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 ねえ、ママ。
 小さい頃、あたしママといっしょにスーパーへ買い物について行くといつもお菓子売り場で見かけていた光景があるの。
 駄々をこねてお菓子買ってって大声で訴える同い年くらいの子たち。男の子でも女の子でもやり方はいっしょ。お目当てのお菓子の並んだ棚の前の床にひっくり返って手足をバタバタさせて泣きわめいて見せる、アレ。たいてい買ってもらえずその子のママにひっぱって連れて行かれるはめになる。
 そんなシーンに出くわすたびにあたしはその子らのお菓子に対する情熱とおねだりパワーに圧倒されて見入っていたの。それにしても鼻水とよだれでぐちゃぐちゃになった真っ赤な顔は格好悪すぎるなぁ、子供心にそう思ってもいた。あたしはあんなみっともないこと絶対にしない。いい子だもん。
 そうだよね? ママ。
 
 小学校3年の、学年合同の体育の授業のとき。
 プラタナスの巨木が枝葉を揺らす風のつよい日の校庭で、人数合わせのゲームをやっていた。男子同士、女子同士、それぞれ二人組になって。近くにいる人と、組を作ったら手をつないですわりなさい。はい、はじめ――。先生がメガホンで指令を出す。
 となりにいた子とあたしは手をつないでしゃがんだ。じゃあ次に男子は二人組のまま、女子1人をそこへ入れて3人組になって――。風で割れた先生の声が雑音混じりのスピーカー越しに聞こえてきた。
 来いよ、と声をかけてきた男子に手を取られすわろうとすると、そこへ中年の女の先生が足早にこっちへやって来る。と思ったらつないでいた手を無言で振り解かされ、あたしは彼らから引き離された。他にあぶれていた女子の手をかわりにつながせた先生にあがった男子の抗議の声を聞きながらあたしは立ちすくむしかない。同時に授業終了のチャイムが鳴った。しかたないねモテない子は。うす笑いの浮かんだ先生の横顔が、滓のように記憶の底にこびりついている。
 おかしいよね? ママ。

 中学校ではじめて迎えた梅雨時のこと。
 蒸し蒸ししたうっとうしい天気がつづき、指定のジャージだけを直に身に着け部活に出た日の帰り際、数人の先輩に呼び止められた。
いわく、なぜきちんと半袖シャツをインナーに着てこないのか、後輩のくせに目が合ってもいつも挨拶がないのはどういうことか。
「シャツは乾かなかったから。それと目が悪いので、会っても気がつきませんでした」
 連れて行かれたプール下の薄暗いスペースで、髪色の明るいやけに眉の細い先輩女子がもてあそぶ飛び出しナイフの刃をながめつつ問われるままにそう答えた。
「だったら眼鏡かければ」
「挨拶するために?」
間髪入れず発したあたしの声がプール下に響く。
ハイ、とつい返事をしてしまい悔しそうな顔をする先輩女子に背を向けとっととその場を立ち去ったあたし。
帰宅後、事の顛末を馬鹿馬鹿しい笑い話としてあなたの前で滔々とまくしたてた。
滑稽な人たちだよね? ママ。

あなたは一度もうなずいてくれなかった。
今ならばわかる。
あんなふうにわがままをめちゃくちゃにぶつけることができるあの子たちがうらやましかった。それはあたしの「妬み」。
今ならばわかる。
モテるタイプでもないあたしを、あの先生は買いかぶりすぎていた。あるいは、それは彼女のささやかな「気晴らし」。
今ならばわかる。
鼻持ちならない自意識をぶらさげて、「滑稽だったのはあたし」のほう。
今ならば。今だから。
あたしにはすとんと落ちてくる。
現実は物語じゃない、かならずしもつじつまの合う終わり方とは限らない。だけど、もしもこのノンフィクションのあとがきを先に読めたなら。もうすこし寄り添えただろうか。
あたしはあなたの遺影に問う。今ならば。今だから。

ねえ、ママ。


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