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紫聖羅さん

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神対応の一之瀬さん〜触らぬ紙に祟りなし〜

18/06/25 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 紫聖羅 閲覧数:80

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やってしまった。触らぬ神に祟りなし。先人の教えを信じるべきだった。1つ言い訳ができるなら、一之瀬さんにこの間尋ねた質問の答えに驚いたからだ。僕らはドラッグストアで働く社員である。一之瀬さんは常にニコニコ接客しているから、つい、
「接客業をしていて一番嫌なことってなんですか?」
と聞いてしまった。
一之瀬さんは破顔を崩さぬまま、
「接客です」
と即答したのだ。
普段、彼女は僕らの中で神対応の一之瀬さんと呼ばれるほど素晴らしい接客をする。さぞ接客が好きなのだろうと決め付けていた。
そんな彼女の手帳が、休憩室に置き忘れられていた。いけないと思いつつ、僕はパンドラの箱を開けてしまったのだ。

6月1日
なんで「ポイントカードお持ちですか?」って聞いただけで舌打ちされなきゃいけないのか。

6月2日
音楽聴いたままレジに来るな。「袋にお入れいたしますか?」って問いかけに「は?」ってなんだよ。こっちだって人間なんだぞ。

6月3日
レシートいらないならそう言えよ。おつり渡す時手を浮かせるな。てめぇの口は何のためについてんだよ。

金を投げるな、ポイントカード投げるな。

6月4日
くそじじい。女性店員のレジが空くの待つな。ここはそういう店じゃねぇ。

レジの列の反対側から並んでんじゃねぇ。「あちらからお並びいただけますか?」って言ったら「並んでたの」とかドヤ顔で言うな。こういう時に限ってなんでちゃんと並んでるお客様が良い人で「お先にどうぞ」って言ってくれるんだよ。なんでこいつが得してんだよ。

6月5日
開封済み、使用済みの商品を返品できると思う神経の図太さが理解できない。

何を聞いても何も反応しない客って何なの? まだ発展途上のアンドロイドなの?

今日、イカれた客に「二度と来ないぞ!」って言われたけど、願ったり叶ったりだ。

6月6日
常連ぶって無理な要求してくるな! 本当の常連さんはお前みたいにわがままじゃないんだよ! 行ったもん勝ちな世の中なんて大嫌いだ!

6月7日
ついに私は呪いを手に入れた。
ムカつく客の背中に向かって、心の中で「呪い呪い呪い呪い……」と唱えるのだ。私の呪いからは何人たりとも逃れられないのだ!
お客様は神様じゃない。至って普通の人間だ! 我々は与えられた代金分のサービスをする、すなわち等価交換なのだ。
代金以上の要求ならば、こちらも呪いで返してやる。


−−−−僕は手帳を音も立てずにそっと閉じ、1ミリの誤差もないように元あった場所に戻した。
なるほど、神対応の一之瀬さんも、僕らと同じなのか。いや、呪いをかけてる時点で僕ら以上かもしれない。
だがしかし、この分では、いつ従業員の愚痴を書かれるかも分からない。明日は我が身だ。そう心得ておこう。この手帳には二度と触れない。触らぬ『紙』に祟りなし、だ。
だけど、一之瀬さんのことを尊敬する。怒りを一切顔に出さず、笑顔を絶やさず、接客しているのだから。僕も一之瀬さんを見習わないといけない。
その時、休憩室に、コンコンというノックの音が響いた。失礼します、と扉を開けたのは一之瀬さんだ。
「山代さん、休憩時間過ぎてませんか? レジ応援入ってください」
一之瀬さんの顔は眩しいくらい、笑顔だ。
「す、すみません! すぐ行きます!」
僕が立ち上がったその時、一之瀬さんはテーブルの上の手帳に気が付いた。
「あらやだ私、手帳を出しっ放しにしてました」
額に嫌な汗が浮かぶ。
一之瀬さんは小走りで休憩室に入ると、手帳を掴みロッカーにしまう。
手帳を掴んだその一瞬、一之瀬さんと目が合った。僕は唾を飲み込んだ。
ロッカーをやたら静かに閉めると、一之瀬さんが満面の笑みで振り返った。
「人の心って、本当分からないですよね」
そう言って再び小走りで休憩室の扉に向かう。
「ほら、早くレジ応援来てくださいね!」
一之瀬さんがいなくなった後、僕はようやく心臓のうるさい鼓動に気が付いた。


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