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R・ヒラサワさん

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サクラ

18/06/25 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:2件 R・ヒラサワ 閲覧数:83

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「サクラって言うと印象が悪いかもしれないけど、あれだって立派な演技なんだよ」
 大事な出番の前、ユカの頭の中に芸能事務所の社長の声が響いた。
 日曜日である今日、大型ショッピングモールのイベント会場の付近で、ユカはそっと待機していた。視線の先には『サクラ』の依頼主である餅屋の主人の姿があった。
「ウチの団子は旨いんだよ。ほれ、あんたも食べてみなよ」
 餅屋の主人はユカに『サクラ』の依頼をした日、店の自慢であるみたらし団子を差し出した。
「おじさん、とっても美味しいわ」
 店主にもらったみたらし団子は、ユカがこれまで食べた事のある、どの団子よりも美味しかった。そしてこの事を、もっと多くの人達に知ってもらいたいと思った。
「どんなに美味い物を作ったって、それを周りの人達が知らなきゃ売れないからねえ」
「そうね、おじさん。頑張って宣伝しなきゃ」
「ああ、宜しく頼むよ」
 そう言って微笑んだ横顔が祖父と重なった。
―女優なんて職業は、向いていないのかも―
 ユカが何度も自分に問いかけた言葉だった。
―ユカは可愛いから、女優さんになれるよ―
二年前に他界した祖父にそう言われたのは、ユカがまだ小学五年生の時だった。それ以来、学校で将来なりたい職業の欄には『女優』と書くようになった。それはもちろん、祖父の言葉に影響されたからだ。ただ、祖父の喜ぶ顔が見たいと思って書いた『女優』だったが、少しずつ自分の中でもその気持ちが芽生え、十八歳の時に複数の知人を介して、芸能事務所を紹介してもらった。
事務所の社長はユカの事を可愛がってくれたが、自分では才能があるとは思っていなかった。映画やドラマに出る為のオーディションは、数えきれないほど受けたが、どれもいい結果は出せなかった。
デパートのイベントのアシスタントの様な仕事は何度かあったが、それはタレントとも女優とも紹介されない立場だった。
ユカは今年で二十二歳。いつまでもわずかな収入で親を頼っている訳にもいかない。これから進むべき道を、真剣に決めなければいけない時期は既に来ていた。
そんな時に社長から、少し変わった仕事の話があった。
「サクラ? ですか……」
「そう、サクラ。要するにお店とかで、そこの関係者がお客さんのフリをして、お店が繁盛してるように見せる、あれの事だよ」
 しばらく考えた末、ユカは依頼を受けることにした。ただし、この仕事でいい結果が出せなければ辞める覚悟での挑戦だった。
イベントの当日、開始早々は客足もまばらだった。会場内の出店は、この商店街を除く全てがモール内の店舗だった。客層は若い世代からお年寄りまでと幅広く、一つの店舗が全ての客層を取り込むのは、かなり困難に思われた。
ユカが『サクラ』を始めるタイミングは決まっていた。昼前のある時間に店主がユカを意識しながら、メガネをはずして顔をタオルで拭いた。『サクラ』の合図だった。
 店から少し離れた場所に居たユカは、少しずつ商店街のブースに近づいて行った。そして、店の前にある試食のみたらし団子に手を伸ばした。
「おじさん、このみたらし団子とっても美味しいわ!」
「そうかい? お姉ちゃん。良かったら隣のおはぎも食べてみなよ」
「おはぎ? こっちのあんこのやつね。ああ、本当! これも美味しい。その横はきなこね。これも美味しい! ねえ、実家の母に送りたいから、色々一緒に入れて」
「ああ、じゃあこっちのオススメのを色々と入れておくよ」
「ええ、そうして。おいくら? へえ、安いのね」
 ユカと店主のやり取りを聞いて、周りに居た人達が一人、二人と集まって来て、やがてそれは列となった。その後は、その列を見た人が理由も分からないまま並んだりと、結果的に行列の出来るブースとなり、ユカの『サクラ』は、見事に成功した。
 今回の結果に自信を得たユカは、再び女優への道を本格的に歩む事を決意した
 ユカが立ち去ってしばらく経ったショッピングモールでは、餅屋のブース前に列をなしていた人達が集まり始めた。
 ユカの事務所の社長から、期待の女優の卵に自信を持たせる為の『サクラ』の依頼を受けた集団は、その仕事を終えてそれぞれの岐路につき始めた。


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このストーリーに関するコメント

18/06/27 間 亮彰

読ませていただきました。

シンプルなどんでん返しがとても心地よかったです。
こういうの良いですよね。

18/06/27 R・ヒラサワ

間 亮彰 様

作品は出来るだけ読みやすい物を意識するようにしているのですが、そのようになっていればと思います。
ご感想いただき、どうもありがとうございます。

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