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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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てれびのじかん

18/06/25 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:2件 野々小花 閲覧数:107

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 トミ子は朝起きると、廊下に付いた手すりを頼りに、のたりのたりと玄関まで歩いていく。新聞受けから新聞を抜き取って、リビングにある大きな籐の椅子に座る。テレビ欄を眺めて、全てのチャンネルと時間帯を確認する。今日もあった。昼過ぎの再放送のドラマ枠。そこに「鏑木八千代」の名前を見つけて、トミ子は満足げに大きく息を吐いた。 

「トミ子さん、おしょくじデキましたよ」
 アンの声がして、トミ子は籐の椅子からゆっくりと時間をかけて立ち上がった。週に何度か、一人暮らしのトミ子の家に、食事の用意や掃除をしにヘルパーがやって来る。ベトナム出身だというこの若いアンが、トミ子の担当だった。アンは今日も、長い髪をひとつに結わえて、やる気満々といった感じで掃除機をかけている。そんなにゴミは落ちていないだろうから、吸引力は「弱」か「中」でいいはずなのに、彼女はいつも「強」で掃除機をかける。ウィーン、ゴオゴオ、という音がうるさい。うるさいけれどやってもらっているのだから文句は言えない。トミ子が座る椅子の近くに掃除機が来た。仕方なく下ろしていた両足を力一杯、上げた。力の限り上げたはずなのに足は床からほとんど浮いていなかった。トミ子は今年、八十四歳になる。
 
 トミ子がテレビのリモコンを操作していると、食事の後片付けを終えたアンがリビングにやって来た。
「てれびのじかん、デスか」
 午後一時。トミ子の目当てのドラマ「おてんば家政婦」が始まった。おてんば家政婦は人情コメディドラマで、笑える要素があちらこちらに散りばめられている。主人公がドジなのもその一つだった。主人公はよく転ぶ。大袈裟に、アクロバティックに転ぶ。主人公を演じる鏑木八千代は、おてんば家政婦のはまり役だった。世の女性から何をどう間違っても嫉妬されることのないスタイル、羨ましがられることのない愛嬌があり過ぎる顔立ち。鏑木八千代にとって、このドラマは出世作にして代表作だった。
 そして、遺作もである。と、世間の人々は思っている。鏑木八千代は死んだことになっている。ひどい話だ。当の本人はこんなにもぴんぴん……はしていないかもしれないが、立派に毎日生きているというのに。
 仕事がなくなり、田舎に引っ込んで、家にも閉じこもって、数十年。いつの間にか自分は死んだことになっていた。役者は年を取る。けれど主人公は永遠に歳を取らない。おてんば家政婦シリーズは何年も続いた人気ドラマだった。トミ子はいつの間にか、自分が大袈裟に、アクロバティックに転べないことに気がついた。転ぶシーンは代役をたてよう、転ぶシーンは無しにしよう、そんな話も出たが、トミ子は首を縦に振らなかった。トミ子が、おてんば家政婦シリーズを終わらせた。
 おてんば家政婦のイメージが強すぎたトミ子に、次の仕事はなかなか決まらなかった。スタイルが良いわけでも、容姿が優れているわけでもない。年も取った。トミ子は、自分が「終わった人間」なのだと悟った。
「おもしろカッタですねぇ」
 アンの声に、トミ子は顔を上げた。時計の針は午後二時少し前。おてんば家政婦の放送は終了していた。
「どこが面白かったの」
 トミ子の声に、アンは元気に「ぜんぶ!」と答えた。アンに、さっきの主人公は自分なのだと打ち明けてみようか、と思った。驚くだろうか。信じないかもしれない。ボケていると疑われるかもしれない。別にそう思われてもいい。いや、やっぱり癪にさわるのでそうは思われたくない。もし打ち明けて疑われたら、物置部屋にある鏑木八千代の名前が刻まれた賞状やトロフィーを見せてやればいいのだ。
 癪にさわるといえば、出演料のことである。昔は契約がいい加減だった。そのせいで主役なのに、再放送されても自分の懐に一銭も入ってこないのはイマイチ納得がいかない。フリーで活動していたから、再放送があるということを知らせてくれる事務所もない。毎朝せっせと新聞で、かつての自分の栄光に満ち溢れた鏑木八千代という名前を探すしかないのである。

「トミ子さん、カセーフはじまる。てれびのじかん、デスよ」
 アンがテレビのリモコンを操作している。アンがやって来る日、おてんば家政婦の再放送があると一緒に見るようになった。トミ子は籐の椅子に座り、アンはその隣で座布団を尻に敷いている。アンはテレビを見ながら笑っている。アンがいる日は騒がしい。 
 昔、トミ子の周りには色んな人間がいた。トミ子の髪を結う人、トミ子に化粧を施す人、役柄に合わせて衣装を用意してくれる人、荷物持ち、それから運転手。いつも大勢の人間に囲まれて、賑やかだった。とても騒がしくて、うるさいくらいだった。
「アン、いつかベトナムに帰るの」
 トミ子の小さなつぶやきは、アンの笑い声と、かつての自分の陽気な声にかき消されて、トミ子自身の耳にすら届かなかった。



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このストーリーに関するコメント

18/06/27 冬垣ひなた

野々小花さん、拝読しました。

テレビの時間と現実の時間。人生の終焉でもある、喜劇の続きに関心があるのは、案外自分だけなのかもしれないと感じました。ラスト、騒がしさの中に混じったトミ子さんの寂しさが伝わって来て心に残りました。

18/07/17 野々小花

冬垣ひなた様

お読みくださりありがとうございました。お返事が遅くなり申し訳ありません。
コメディを書くのが難しくて、なかなか筆が進まなかったのですが、コメディをやっていた人間なら書けるかなと思い、
やっと完成させることが出来ました。トミ子とアンは、自分の中で気に入っているふたりです。

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