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宮下 倖さん

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週刊・諏訪部

18/06/25 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:81

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 アラタ、そわそわしてるね。
 そう言いながらおもしろそうに目を細めるユウナに俺は「べつに」と短く答えた。
 毎週金曜日の夜八時、時報みたいに正確にやってくる訪問者がいつもより一分遅れたからって心配なんかしちゃいない。
「すぐ来るよ」
「だろうな」
 な、を言い終わらないうちにインターフォンが鳴った。こちらもピンポーンの余韻が消えないうちにドアを開ける。
「たいへんお待たせいたしました。諏訪部でございます」
「待ってねえし」
 毎回律儀に名乗る諏訪部は華麗に俺をスルーすると、部屋の中に満面の笑みを向けた。
「ユウナお嬢さま! お久しゅうございます!」
「先週も会ってるわよ諏訪部」
 齢七十にして頑健な体つき、グレイの髪をきっちり七三に分け、黒のスーツに赤い蝶ネクタイというまるで執事といういでたちで実際執事の諏訪部は、持っていた風呂敷包みを押し抱くと俺たちに向かって恭しく腰を折った。
 人の出会いとは不思議なものだ。
 さほど大きくもない商店街の小さな弁当屋の息子である俺が、名家の娘であるユウナと結婚を前提とした同棲をしているのだから。
 リアルにお嬢さまと呼ばれるような女と出会ったのは初めてだったし、リアルにお嬢さまと呼ぶような執事なんて架空の存在かと思っていたが、いまふたりとも目の前にいるのだから人生わからない。
 その絵に描いたような老執事はユウナを心配し、毎週手土産を持ってこの安アパートに来る。ユウナ可愛さのあまり、どこぞの馬の骨を敵認定していているのは当然で、俺の過去を調べては得意げに披露していくのが常だった。
「今週はうどんセレクトでございます。讃岐うどんに稲庭うどん、加須うどんにきしめんなど日本が誇る粉の祭典!」
 諏訪部は風呂敷包みから今週の手土産を出して並べていく。実家の弁当屋で働く俺の手取りはたかが知れているので、こういう食料品は正直ありがたい。だが今日はユウナが少し困った顔をした。
「うどんは嬉しいのだけどぜんぶ生麺だと賞味期限前に食べきれるか不安だわ。半分持って帰って諏訪部がお食べなさい」
「くう……っ! この諏訪部なんという失態! 半分は乾麺にすべきでございました!」
 涙を流さんばかりにして悔やむ諏訪部の姿にうっかり笑ってしまう。それに気づいた諏訪部が姿勢を正して俺を見た。
「お笑いになりましたねアラタさん。いいクソ度胸でございます。諏訪部、本日も新しいアラタニュースを手に入れてまいりましたよ」
 どうやら諏訪部は商店街にこまめに出没し、俺の両親や親戚、さらに同級生たちとも顔見知りになり俺の情報を仕入れているらしい。給食の牛乳を鼻から吹いただの、プールの中でおならをしたのを見られて渾名がジャグジーになっただのくだらないことがほとんどだが、今日は何を聞いてきたのやら。
「アラタさん……高校時代、はぐれヤンキー純情派でございましたね」
「は?」
「不良グループに入る度胸もなく、ひとりでいきがる度量もなく、恰好だけはヤンキーだけど花を愛する園芸部。ギャップ萌え狙いも中途半端、王道はずれてとんだガーター野郎でございますな!」
「俺はボウリングか! 悪かったな、道からはずれてて。どうせちっちゃな頃から悪ガキで十八で不良と呼ばれたよ」
「遅咲きでございますな」
「ほっとけ」
「日々このあたりを単車で走り回っていると聞きましたが?」
「弁当のバイク配達だよ」
「チンピラをまとめているという噂も……」
「弁当のキンピラまとめて詰める担当な!」
 さようでございますかと背筋をさらに伸ばした諏訪部は「それはお疲れさまでございます」と頭を下げた。
 今日は失礼いたしますと腰を折りかけた諏訪部が少し顔をしかめる。
「諏訪部、また腰が痛むの? 毎週無理に来なくても……」
 ユウナが心配そうに諏訪部の顔を覗き込む。この部屋は二階建てのアパートの二階端で、やたら急な階段しかない。腰痛をかかえる老執事が上がって来るには辛いだろう。今日時間に遅れたのもそのせいだろうか。
「この諏訪部、お嬢さまの顔を見るのが生きがいなのでございます。決して無理など……」
 焦ったように言い募るのを俺は「諏訪部」と止めた。
「来週は階段の下から電話入れろ。俺たちが下りてく。あとな、俺もっと稼いでエレベーターついてるとこに引っ越すから。それまで無理すんな」
 わずかに目を瞠り、口を開きかけた諏訪部に上からかぶせるように言葉を続ける。
「あと、来週はシュウマイがいい」
「……承知いたしました。諏訪部の名にかけて全国のシュウマイを吟味してまいります」
「本当にアラタと諏訪部はなかよしさんねえ」
 ころころと笑いながらユウナが交互に俺たちを見る。
「どこがでございますか!」
 諏訪部と異口同音に発した言葉、しかも執事言葉がうつってしまった一言が悔しい夜だった。


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