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UBEBEさん

小説現代ショートショートコンテスト、TO-BE小説工房、ショートショートガーデンによく出没する、しがないサラリーマンです。しがなさでは誰にも負けない!

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百つ星ホテルへようこそ

18/06/24 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 UBEBE 閲覧数:129

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 その手紙は、私の脳の片隅に眠っていた記憶を、ずいと引きずり出した。

『十二月二十四日。クリスマスイブの夜に、あなた様をお待ちしております』

 バブル時代、高級ホテルへの宿泊は一つのステータスだった。高級ブランドに身を包み、高級車で高級ホテルに乗りつけて高級ワインで乾杯。今と比べると、良くも悪くも色んなものがきらきら輝いていた。
 そんな中、五つ星ランクのホテルを遥かにしのぐ、百つ星ホテルがあるという噂を耳にした。その名も【天上天下唯我独尊ホテル】。部屋がたった一つしかなく、目玉が飛び出るような宿泊代だが、それに見合うだけの至福のもてなしがあるらしい。予約を取るのは至難の業で、十年後の予約を取れる確率は十分の一。つまり百年に一度泊まれるかどうかのホテルという話だった。私は都市伝説だと笑い飛ばしたが、妻は興味津々な様子だった。

 その超高級ホテルから招待状が届いたのだ。そのことにまず驚いたが、私が驚いた理由がもう一つある。
 それは、予約者の名前が妻になっていたことだ。妻は十年前、ちょうど五十のときに病死している。手紙によると、予約されたのは一年前。ありえない話だった。
 私はこの奇妙な招待状をどうすべきが悩んだ。どうせ誰かのいたずらだろう。そう思ったが、私はあえてこのいたずらに乗ってみることにした。定年退職して時間なら売るほどあるし、誰が何の目的でこんなことをするのか興味もあった。
 とはいえ、念には念を入れて、飲み友達に連絡が途絶えたら警察に通報するよう頼んでおいた。

 クリスマスイブの夜。
 私はできる限りのお洒落をして、ホテルに向かうシャトルバスに揺られていた。客はもちろん私一人。そこにバスを用意するあたりが当時のバブリーさを彷彿とさせた。一人ぼっちのバスが暗い森に入ると、異世界にでも迷い込んだような気持ちになった。
 しばらくすると、【天上天下唯我独尊ホテル】の看板が見えた。大理石に格調高く彫られたその文字は、なぜか少しくすんだように見えた。
 バスが着いたのは、ホテルというよりもどこかの金持ちの豪邸といった方がしっくりくるような建物だった。築年数が経っているからか、想像していたような煌びやかさはない。
 玄関のドアを開ける。ふわりと沈み込むような絨毯に足を踏み入れると、奥から落ち着いた風体の老紳士が近づいてきて頭を下げた。綺麗に整えた白髪頭に、同じく整った白い口ひげ。どこかの執事といった印象だ。
「ようこそいらっしゃいました。ご夫婦でお部屋をご用意しております」
 ご夫婦で――。やっぱりおかしい。
「実は、妻は十年ほど前に他界しているのですが……」
「ええ、存じ上げております」
 老紳士は優しく微笑んだ。
「一体どういうことでしょうか? 私にはここに招待された理由がさっぱりわからなくて」
「ではお部屋にお通しする前に、経緯について少しご説明いたします。そこのソファにおかけください。すぐお茶をお持ちしますので」
 言われるままにフロント前の黒いソファに腰かける。少し埃っぽかったが、私の身体ごと包み込んでくれるような柔らかさがあった。

「奥様がここに初めてこられたのは今から五年前。亡くなられた後のことです。地縛霊という形で、そこの廊下においでになりました」
「えっ」
 思わずお茶が鼻から出そうになった。
「このホテルを相当気にかけていらっしゃったようです。それから毎晩のように、お風呂や厨房、客室から休憩場まで、色んな場所でお見かけするようになりました」
 私は口を開けたまま、発すべき言葉を見つけられずにいた。
「大切なお客様ですので、奥様にもできる限りのおもてなしをさせていただきました。しかし残念ながら、怪談めいた悪い噂が立つようになりまして、他のお客様がここを避けるようになってしまいました。そして一昨年、当ホテルは閉館となりました」
 なるほど。この超高級ホテルらしからぬ寂れた様子は、すでに閉館していたからなのか――。
「このホテルを取り壊すという段になって、奥様は今まで以上にお姿を現されるようになりました。おかげで工事業者様も撤退してしまいました。そこで私たちは、最後のお客様として奥様に最高のおもてなしをすることで、心置きなく成仏していただくことにしたのです」
 そう言うと、改めておじぎをした。
「話はわかりました」心を落ち着けようとわざとゆっくり湯呑みを置く。「ところで、よく私を見つけましたね。妻はその――喋ったりはしないでしょうから」
「それなら心配ありません」
 老紳士はわざとらしく胸を張った。
「『こっくりさん』をご存知ですか。私どもは、五十音表と硬貨を使って、奥様と会話することができるようになったのです。そうして一か月ほどかけて、あなた様のお名前とご住所を知ることができました」
 ではどうぞこちらへ、と老紳士は優雅に立ち上がった。

 案内された部屋は、超高級ホテルと呼ぶにふさわしい贅沢な造りだった。和モダンといった風で、床が畳になっているのが何とも心地よい。小物にもこだわっていて、特に掛け軸のセンスが抜群だ。私のために造られたかのように、何もかもがしっくりきた。いや、噂通りだとすると、本当に私のためだけにこの部屋が造られた可能性もある。
 隣の寝室に敷かれた布団には、やはりまくらが二つ。老紳士いわく「奥様はすでにお部屋でお待ちです」とのことだったが、残念ながらその姿は私には見えない。
 貸切の露天風呂にゆっくりつかり、部屋に戻ると食事が用意されていた。料亭で出てくるような贅沢な食材がずらりと並んでいる。乾杯用と思われるワインと……グラスが二つ。名前だけ聞いたことがある高級ワインだった。
 グラスにワインを注ぎ、一方は妻へ。
「メリークリスマス」
 相変わらず姿は見えないまま乾杯をして、グラスに口を付ける。ふわりと上品な香りが鼻に抜けた。
 気分が良くなって、さっそく料理に箸を伸ばす。
 ……うまい。
 還暦をとうに超えた今になって、舌が驚くような美味しさだった。妻にも食べさせたかった――と思い、いやきっと目の前で食べているはずだと一人で納得する。
 贅沢な料理を次々に平らげ、気がつけば締めの一品を残すのみとなっていた。
「これが本日最後のお料理です」
 サービスワゴンに乗せられてきたのは、小さなお椀が一つだけ。今までの料理と趣が違うので、何が出てくるのかと少し身構えながら蓋を開けてみる。

 それは、「のっぺ」だった。

 鶏肉、にんじん、さやえんどう、こんにゃく。一口すすると、干し椎茸の香りが口の中に広がった。
 懐かしい、味だ。
「これは、もしかして……」
「お気づきになりましたか。これは、奥様から直々に教わったレシピです」
 やはりそうだ。妻の実家でご馳走になってから、すっかり好きになった料理だ。新潟で、囲炉裏を囲んだあの日のことを思い出す。
「ありがとうございます」
 思わず涙がこぼれそうになり、頭を下げて目頭をぬぐった。
「そう言っていただけると光栄です」
「ええ。妻が本当にここにいるのだと、実感できました」
 老紳士は優しい笑みを浮かべた。
「感謝の気持ちは、直接奥様にお伝えください」
「えっ」
 突然、室内が暗くなった。行燈の明かりだけが、ゆらゆらと揺れている。
「最高のおもてなしをしようと、この一年をかけて寺で修行してまいりました。残念ながら、私の力ではたった五分だけですが、どうぞお二人の時間をお過ごしください」
 行燈の火が消されると、真っ暗になった部屋の中に、ぼんやりと光の帯が浮かんだ。それは徐々に人型のようになり、やがて、妻の姿となった。
「おい、嘘だろ」
『本当ですよ、あなた』
 思わず手を伸ばすが、手ごたえはなかった。
『ずっと憧れてたんです。いつかここに、二人で泊まってみたいって』
「それはまぁ、そうだな。しかし――」
 人様に迷惑をかけるのは良くない、と言おうとしたが、やめた。妻がわがままを言うことなど、生きているときには一度もなかった。これくらい良いじゃないか。そう思えた。
 それからは他愛もない話をした。食事のこと、健康のこと。再婚をするのかという話には首を大きく横に振った。
 あっという間に時間は過ぎて、気がつくと約束の五分が経とうとしていた。そのとき妻がおもむろに口を開いた。
「最後に一つ、お願いがあるんだけど――」

 朝食を済ませ、清々しい気持ちでフロントに向かう。
「昨夜はゆっくりできましたか」
「ええ。本当に何から何まで、ありがとうございました。星を九十九つ差し上げたいくらいです」
 老紳士は嬉しそうな顔をした。
「ありがとうございます。差し支えなければ、残りの星一つが何か、お教え願えますか」
「実は……」
 私が耳元で打ち明けると、老紳士は少し驚いた顔をした後、「それは素敵なことです」と何度もうなずいた。

 結局、ホテルの取り壊しは中止となった。
 私が有り金をはたいてホテルを買い取ったからだ。悪い噂の効果もあり、破格の安さで購入することができた。
 妻の最後のおねだり――ここにずっと二人で住んでいたい――を無事に叶えることができて、私はとても満足している。
 
 そして、嬉しいことがもう一つある。
 最近になってついに、足りなかった最後の一つ星をとうとう叶えることができたのだ。
 妻の姿がはっきり見えるようになり、文句なしの「百つ星のホテル」となった二人だけの楽園。

 そういうわけで、私も妻も、まだまだ成仏する気はない。


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