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吉岡 幸一さん

性別 男性
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親切な店員

18/06/24 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:76

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 この日、昼飯を食べる暇もなく仕事をした俺は猛烈に腹がへっていた。帰りがけにいつものコンビニによると、大盛りから揚げ弁当にお茶にお菓子にアイスクリーム、その他もろもろの品を籠に入れてレジに持っていった。
 さいわいレジには誰も並んでいない。すぐに金を払って、徒歩三分の家に帰って弁当に食らいつこうと思っていた。腹はグーグーと鳴っていて、胃は空気の抜けた風船のようになっていた。
「お弁当を温めますか」
「はい、お願いします」
 レジに立っていたのは黒縁眼鏡をかけた学生風の男だった。姿勢もよく、笑顔もさわやかでなかなか感じのよい店員だった。はじめて見る顔だったが、てきぱきと弁当を電子レンジに入れる様子をみているとベテランの店員だとわかった。
「お茶を温めますか」
「いや、お茶は温めなくていいよ」
 冷蔵室にはいったペットボトルのお茶だったのだが、最近ではわざわざ温めて飲む客もいるのだろう。
「ポテトチップスを温めますか」
「いや、そのままでいい」
 もしかしたら温めて食べるが最近の流行なのかもしれないな。
「ソフトクリームを温めますか」
「温めたら溶けてしまうだろう」
「いえ、溶けたソフトクリームがお好きかもしれないと思いまして」
 すぐに食べるのなら、コチコチに凍ったソフトクリームよりも、多少は溶けて柔らかくなったソフトクリームの方が食べやすいのはたしかだ。だが、俺はすぐに食べるつもりはなかった。
「靴下を温めますか」
 俺は笑った。この店員は冗談のつもりで言っていると思ったからだ。弁当を温めるのに時間がかかるから、こんな冗談でも言って俺を和ませてくれているのだろう。なんて気の利く店員なんだ。
「いや、温めなくていいよ。弁当が温まったら呼んでくれ」
 そう言うと、俺はレジを離れて本の並んでいる場所にいった。待っている間に少年ホップでも読もうと思ったのだ。ツーピースの続きが気になっていた。
「あのお客さん、立ち読みはちょっと」
 レジから出てきた店員が俺の肩をたたいた。立ち読みが良くないことくらいわかっていたが、買い物をしたうえに注意されるなんてはじめてのことだった。
「ああ、すみません」
 とりあえず謝って漫画を棚に戻そうとすると、店員は満面の笑顔うかべて折り畳みのパイプ椅子をひろげて置いた。
「どうぞお座りになってお読みください。足が疲れますから」
 こんなに親切な店員には会ったことがない。俺は礼を言って腰かけたが、コンビニでパイプ椅子に座って漫画を読むなんて落ち着かない。
 電気代の支払いをするのを忘れていたことを思い出した俺は、レジにいくと鞄から振込用紙を取りだして店員に渡した。
「振込用紙は温めますか」
 店員は愛想よく言った。
「さすがに振込み用紙は温めないだろう」
「それじゃ、冷やされますか」
「ビールじゃないんだから、冷やしてもしょうがないだろう」
 店員は考え込んでしまった。腕組みをして唸りながら言葉をさがしている。
「では、燃やしますか」
「おいおい、燃やしたら駄目だろう。普通に振り込んでくれたらそれでいいから」
 俺は店員に金を渡した。いくら店に他の客がいないからといって、いつまでも店員と遊んではいられない。
「お金は温めますか」
 俺が睨んで返事をしないでいると、店員は困ったような顔をして俺をみつめた。手に握った金をおもむろに制服のポケットにしまった。
「金をそんなところに入れたら泥棒だと思われるぞ。いいよ、電気代の振込みは他の店でするから」
 店員から金と振込用紙を取り戻すと、俺はついでに煙草を買って帰ろうと思い、店員の後ろの棚に並べられた煙草の番号を言った。
「四番の煙草をひとつください」
「四番ですか、四番はちょっと……」
「品切れですか。そこに置いてあるみたいだけど」
「いや、四は死とも言いますから、縁起が良くないといいますか。他の番号にされてはいかがですか」
「じゃ七番で。ラッキーセブンだから」
 店員と言い争うのが面倒なので、俺は店員の気にいりそうな番号を言った。別に銘柄にこだわりはなかった。
 店員は満足そうな笑顔を浮かべると七番の煙草をとって俺に渡した。
 ちょうど電子レンジの温め終わる音が鳴った。店員はキッチンミトンを手にはめると電子レンジから弁当を取りだした。
 大盛りから揚げ弁当は溶けてぐちゃぐちゃになっている。温めすぎたのだ。
「サービスでたくさん温めておきましたから」
 店員は握った拳の親指をたてると嬉しそうに胸を張った。俺は店員の爽やかな笑顔を温めたくてしかたがなかった。


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