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アシタバさん

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「ひ」を「き」に変える少女

18/06/23 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 アシタバ 閲覧数:72

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(茜)
「新しいパパ? これゴリラだよ」
わたしが言うとママの顔が真っ青になった。
「茜、なんてこと言うの、ごめんなさい強羅さん」
「ゴリラさん?」
「ご・う・ら・さ・ん!」
ママが大きな声を出すので耳を手で塞ぐ。ママの隣にいるのはどう見ても動物園にいるゴリラだ。
ママが新しいパパを家に連れてくると言ったので、ずっと不安だったけど、やってきたのは毛むくじゃらの生物で、わたしの家にゴリラがいるのはどう考えてもおかしくて、なんだか楽しい気分になってきた。
わたしが笑うと途端にママは恐い顔をする。
「いいんですよ。友達からもよく、お前は体が大きくて毛深いからゴリラみたいだ、て言われるんですから」
ゴリラが喋っているのにママは平気そう。ゴリラと一緒に笑っている。
「この子ったら来年から中学生なのにいつまで経っても変なこと言って困るんですよ。遠慮なく叱ってくださいね」
だって、あなたはこの子の父親になるんですもの、とママは嬉しそうに顔を赤くした。
ママが変なことを言っているのでわたしはすかさず声をあげる。
「違うよ、茜のパパはトレジャーハンターで世界中を旅しているの。でも、おドジでお宝がなかなか見つからないから、まだ帰ってきてないだけだよ」
変なパパでしょう? と言って、パパを思い出すとおかしくなってきて、また笑い声をあげた。
すると「あなた、また」とママが悲しそうな顔をした。
わたしはママのこの顔が嫌いで急いで自分の部屋へ戻ることにした。

(強羅(ゴリラ))
「あれが茜の空想癖です」
百合さんが少し疲れた表情で言った。
「お医者さんが言うには辛い現実を受け止められない場合、あの子は想像力を働かせて自分にとって面白いと思える空想にすり替えるそうなんです」
「それで僕を新しい父親ではなくゴリラだと?」
「本当にごめんなさい」
百合さんから話を聞いていて心構えはしていたものの面喰らってしまった。茜ちゃんは実際の年齢よりも言動がどこか幼く、地に足がつかずフワフワしている、そんな印象の女の子だった。
しかし、本当にショックなのは茜ちゃんが百合さんの元夫を今でも待っていることだ。百合さんの話では元夫は浮気した相手と再婚していて、すでに子供もいるという……
「悲劇を喜劇に変える、お医者さんが言っていました」
百合さんは辛そうだ。茜ちゃんに対して申し訳ない気持ちで一杯なのだろう。
悲劇を喜劇に変えて生きていく、大人の都合でそんな風になってしまった茜ちゃんが僕は不憫でならなかった。
「茜ちゃんと少しお話をしてきます」
百合さんの首が縦に揺れた。

茜ちゃんの部屋に入ると彼女は世界地図を眺めていた。学校で使っているモノらしく、楽しそうに国の名前を指でなぞっている。
「宿題?」
「ゴリラが喋った」
「ゴリラが喋るとおかしいかい?」
「おかしい」
屈託のない笑顔だ。
「あのね、パパが今どの辺にいるか考えていたの」
彼女のなかではきっと父親は洞窟や遺跡を探索しているのだろう。しかし、実際、彼はもう一人の子供に、この瞬間も惜しみない愛情を注いでいるに違いなかった。
許せない。とても不条理で悲しい気持ちになった。すぐにでもこの子に現実を伝えなければ。
「茜ちゃん」
彼女がこちらを見つめてくる。黒目勝ちの澄んだ瞳に心が迷った。果たして彼女からこの上、空想の喜劇世界を奪って正しいのだろうか? 大人の理屈を基準にしてまた彼女を追い詰める結果になるのではないのだろうか? とすんでのとこで衝動にブレーキがかかり、代わりに理性がハンドルを切った。
「実は君のお父さんに会ったよ」
「本当に?」彼女の目が輝く。
「アフリカでね。それで僕は頼まれた、茜ちゃんがこれから大人になる手伝いをして欲しいって」
「手伝い?」
「そうさ、僕のことはパパと思わなくていいよ、ゴリラでいい。でも、君のことを傍で見守るんだ」
自分の口から出た言葉が正解かどうかわからない。自分をパパと呼んでもらえない辛さと茜ちゃんにあの父親とは出来れば決別してほしい悔しい気持ちがあふれ出た。一方で、この子の喜劇の世界を今は守るべきだという強い直感もあった。
「ゴリラは嫌い?」
「好き」
茜ちゃんがニコリとする。これでいいと自分に言い聞かせた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「一瞬、ゴリラが普通のおじさんに見えたの、なんでかな?」と茜ちゃんが明るい声をあげた。
どういう意味なのだろうか? わからなかったがなんとなく胸のつかえが薄れた気がした。
「楽しそうね」
さりげなく百合さんが部屋に入ってきた。彼女は視線で「それでいいのね」と僕に聞いてくる。話は聞こえていたらしい。
僕は小さく頷いた。
「よーし、頑張っていつか人間に進化するぞ」
ふたりが揃って笑った。
僕らの新しい人生がスタートする。いつか喜劇を終らせるために。


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