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志水孝敏さん

いろいろ書いています。 時空モノガタリ文学賞作品集書き下ろし含め掲載。小説現代ショートショートコンテスト・小説の虎の穴・Book Shortsなど入賞。 第1・2回ショートショート大賞最終選考、カクヨム(ちょっとだけ)ジャンル1位獲得。 Twitter→@shiz08

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わたしの小説

18/06/20 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 志水孝敏 閲覧数:104

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 自分は小説の主人公であるが、いったいわたしの小説はどのような小説なのであろうか。
 たとえばヒーロー小説であれば、現在自分は単なるしがないサラリーマンであるけれども、おそらくある日、ふとした事件がきっかけで、内にひそむ力を目覚めさせ、大活躍して名声をほしいままにし美女とイチャイチャしたり、あるいは世を忍び闇に潜んで悪を倒したりしつつ美女とイチャイチャするであろう。
 もしくは最近はやりの、異世界転生物の主人公というのもなかなか悪くないもののようで、というのは自分がたまたまこことは違うファンタジー的な世界に転移すると、そちらの人びとは何故か揃いも揃ってお脳が不自由で、あるいは自らの持っているなんということのない知識や現代社会の事物がことに重宝され、見る間見る間に出世し、地位を築き、美女に囲まれるばかりかときには一国一城の主ともなってしまうのである。
 だが、世の中そうそううまくいくことばかりではない。
 もしわたしが悲劇の主人公であったとすれば、おそらくここから悲痛な事件が自分の身に起こり、数奇な運命をたどり、奇病に犯されたり突如誘拐されたりあるいは冤罪の汚名を着せられたりして、まことに惨めな生涯を送るということもあるはずであるが、それに関してはそこまで危惧していなかった。
 なんとなれば、悲劇の主人公というのは、たいていそれまで恵まれた環境にいたり、美女美男であったり、才能に恵まれていたりと、劇的にするためにもともとは優れていた人々が悲惨な境遇に陥ることが多いから……と思っていた。
 けれども、あるときから危惧が生じ始めた。
 場合によっては、どこにでもいるような一般人が苦しい境遇に陥るほうが、読者の感情移入を産んで効果的だと考えるのではないか?
 そう考えると、毎日不安でたまらなくなった。
 いやいや、もちろん、ぜんぜん違うケースもあり得るだろう。小説というのは多種多様なものである。もしかしたら、エンターテインメント小説でない、純文学小説で、市井の人々の暮らしを淡々と描いていく……特に事件も起きず、しかし、日常の豊かさ、かけがえのなさ、そして生の実感が浮き彫りにされてゆく、そうした作風であるとすれば、これはこれで乙なものである。セックスも多い。
 と言って、純文学のなかにはカフカのような文学だってあるわけで、朝起きたら虫になっているのは二番煎じだからまず無いとしても、今までの常識の通用しない極めて不可解な異界に放り込まれてしまい、もがき苦しみつつ生き、犬のような死を迎える羽目にならないとも限らない。
 自分はそんな事ばかり考え、浮かれたり落ち込んだり、ともかく落ち着かぬ日々を送っていた。
 そして最近考え始めたもう一つの観点は、自分の小説が魅力であるかどうか、どの程度読者に対し訴えかけることができるだろうかという問題だ。
 もちろん、小説の主人公だってわざわざ辛い目になど遭いたくはない。
 けれどもその過程が、人生の様々な荒波とその中で苦闘する一人の人間が、読者に強い感銘を与え、ベストセラーになったり文学賞をもらったり、映画化されてわたしの役をイケメン俳優が演じたり、いやいや、あるいはそのような公的な評価を受けずとも、少数の理解ある読者諸子の人生の指針ともなれば、それはそれで十分胸の張れることではないだろうか。
 だが、自分がそうした作品の主人公になれるかどうかは、けっきょくのところ作者の力量による部分が大きい。これに関してはまったく運であり、まさに天に祈るしかない。
 それにしても、せめてどんな種類の小説なのか教えてさえくれれば、ふさわしい行動をとったりすることもできるのだが、ヒントも何もないのでどうしようもない。もし描写されてしまったらどうしようと思うと、恥ずかしいこともおちおちできないが、そうした生活の恥部をさらけ出す生々しさも必要なのかもしれないし……。
 最も恐ろしいのは、自分があまりに動かしづらく手に負えない主人公だと作者に判断され、作品が途中で頓挫し、日の目を見ないということである。そうなったら、なんと恐ろしいことだろう。
 それにしたってとにかく、判断の基準が何もないのである。ああ、自分の小説を自分で読めたらいいのに! もし読んでいる読者の方がいるなら、なんとかこっそり教えてもらえないものだろうか。
 毎日が悩みのうちに過ぎていく。
 ……しかし、それにしたって、いくらなんでもこんなに何の事件も起きない小説なんて、純文学としてもおかしいのじゃなかろうか。
 まさかとは思うが、こうして悩んでいるだけの小説なんてことは……。


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