1. トップページ
  2. 我慢そしてガマン

吉岡 幸一さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

我慢そしてガマン

18/06/17 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:105

この作品を評価する

「なんて長い行列なんだ、おい」
「トイレまで渋滞しているのかよ」
 夏の盆休みに兄弟そろって実家に帰省している途中だった。高速道路にあるパーキングエリアに車をとめて、トイレに行こうとして降りてみれば、道路だけでなくトイレまで渋滞していた。
 炎天下の午後二時、まだ二十代の若さとはいえ列に並ぶのは辛い。しかし並ばなければトイレにはいけない。いかなければ洩れてしまう。次のパーキングエリアまでは渋滞の具合を考えると一時間はかかりそうだ。とても我慢なんてできそうにない。
 並ぶのを迷っていると、どんどん列は長くなっていった。兄弟は慌てて列に並んだ。
「がんばれ、すぐだ。トイレで長居する男なんていないからな。すぐ順番になる」
「我慢できるかな。もう、洩れそうだよ」
 兄は弟を自分の前に立たせ、少しでも早くトイレに行かせてやろうとした。
 列の長さは五百メートルくらいあるだろうか。トイレの入口が遠くにみえる。車の駐車スペースにまで列は入り込んでいる。平然と並んでいる人もいれば、股間を押さえもぞもぞとしている人もいる。途中で列を離れ、トイレのある建物の裏に駆けていく人もいる。きっと外で放尿でもしているのだろう。
「いいか、気持ちを他のことに向けるんだ。そうだ、昨日の夜は何を食べた?」
 兄は眉間に皺をよせ歯を食いしばりながら聞いた。
「大盛りの焼肉丼とハンバーグだよ」
「食べ過ぎだよ。だからそんなに太るんだ。お前この前の健康診断でメタボって言われただろ」
「じゃ、兄ちゃんは何食べたんだよ」
「苺ソースのオムライスだよ」
「ずいぶん可愛いものを食べたんだな」
 弟は股間を手で押さえながら笑った。
 兄弟が少し話している間に、列は後ろのほうまで伸びっていった。途中で列を抜けてしまえば、一番後ろに並び直さなければならない。そう思うと、列から離れるわけにはいかなかった。
「兄ちゃん、実は大きいのもしたいんだ」
「なんだって、実は俺もそうなんだ」
 小さいほうだけなら、根元をしめていれば後一時間くらいなら我慢できそうだったが、さすがに大きいものとなるとそういうわけにもいかない。
「いいか、気合で我慢するんだ」
「わかった、兄ちゃん、気合だね、ガマン、ガマン」
 十分たち列は四メートル進んだ。二十分たち列は九メートル進んだ。五十分たち列は百メートル進んだ。待つ時間に関係なく、列は急に進んだり、止まったりしている。
「よし、他のことを考える続きをするぞ」
「なんでも聞いて」
「じゃ、この後食べたいものは何だ」
「カレーライス。大盛りのカレーライス」
 兄は何かを思い浮かべたように固まると弟の頭をコツンと軽くたたいた。
「カレーライスは駄目だ。それ以外だ」
「カレーうどん、カレーパン、カレーピラフ」
「カレーから気持ちをそらせるんだ」
「無理だよ、兄ちゃん。頭の中はカレーのことでいっぱいだよ」
 兄は腰をくねらせ足を小刻みに動かしながら、弟のために頭をひねった。
「なら、食べたいものじゃなくて、食べたくないものを言ってみろ」
「カレーなしライス、カレーなしうどん、カカ、カレーなしパン、ただのピラフ」
 弟は半ば叫ぶように答えた。額からは汗がしたたり落ちている。
 待ちに待ち、我慢に我慢を続けたかいがあって、兄弟はほどなくトイレに飛び込むことができた。並んでいた人が予想以上に次々と列から脱落していったため、兄弟は漏らすことなく無事に生理現象から解放された。
 手を洗いトイレから出てきた兄弟は天界の天使さえほほ笑むような笑顔だった。
 トイレを待つ人々の長い列の横を歩きながら、心は晴れやかで余裕と優越感に満ちていた。君たちももう少し我慢すればトイレを利用できるんだぞ、と言わんばかりの表情をしていた。
 だが、兄弟は何かを忘れていることに気づき始めていた。おかしい、まだすっきりしない。何かが残っている。出し忘れている。
 兄弟は列の後方までさしかかってきたとき、思わず同時に声をあげた。
「あ、小さいほうをするのを忘れていた」
「俺も。大きいほうに気を取られてしまった」
 思い出した兄弟は急に下半身に尿意を感じ体が震えだした。内股になりながら、くねくねとした早足で列の一番後ろに並びなおした。顔は青ざめ変な汗が体中からあふれてくる。
「兄ちゃん、もう並ぶのはいやだよ。トイレのある建物の後ろにいって、こっそりしようよ」
「だめだ。俺たちは英国紳士だ。紳士はそんな下品なことはしないんだ」
「英国じゃない、日本だろう」
「どっちだっていいだろう。とくかく俺たちは紳士なんだ。いいか、気持ちを他のことに向けるんだ。そうだ、旅行に行くならどこに行って何をみたい?」
「シンガポールに行って、マーライオンがみたい」
 何かを思い浮かべた兄は、あきれたように弟の頭をコツンとたたいた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン