早川さん

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18/06/09 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 早川 閲覧数:112

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 俺は周りの景色から断絶された。光は見えない。暗闇の中をさまよっているわけでもない。ただ理性的にしかも強靭な理性によって生きている。それは過剰な自意識とも言える。
「ねえ、この間さ、同僚と話をしたんだけど、凄く冷たくされたの」
 女友達が俺にそう問いかけてきて、俺は、内心これはコメディかと思いながら目の前の女を眺めていた。俺の心はただ固く閉ざされていた。そしてその後に女が何かを言っても俺には意味が理解できない。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ」
 こいつは今自分が何をしゃべったか意識しているのだろうか。もちろん俺もコーヒーショップで出されたまずいコーヒーを飲むことの方が、興味があって、そちらに意識が向かっていた。
「私、その人のことが憎いのよ。なんで冷たくあしらわれなきゃいけないわけ?」
「なぜ冷たくされるんだろう?」
「職場の男と仲がいいから、嫉妬してるのよ」
「嫉妬?」
 嫉妬って何だと俺は思った。いったい彼女は何を言っているんだ。だからと言って俺が何か話したいことがあるわけでもない。いったい何の話をしたらいいか常に頭の中で思考を巡らせているのだ。
「そういえば嫉妬で一つ話がある」と俺はふいに言った。
 ここで一つ面白い話でもしようかと思ったのだ。
「何?」とその女は興味深そうに聞いた。
「嫉妬した鹿の雄が嫉妬して他の雄を攻撃してたんだ。テレビでやってた」
「それが何?」と女は不機嫌そうに言った。
「いや、なんでもないよ」
 俺が人間を小馬鹿にしていることを悟られただろうか。俺の自己愛と限りない承認欲求が心に渦巻いている。大抵の人間はどこか自分を嫌っていて、自信がない。それどころか自分を憎んでいるやつすらいる。
 そして欲望すら露わにすることを恥じているように見えた。今の俺にはその理由が見当もつかなかった。ただ女が話すことを聞いて、何も感じないのだ。明らかに目の前にいる女、そして他人への興味を失っていた。
 女は不機嫌そうにコーヒーをすすった。きっと頭の中には自分のことしかないはずだ。そして俺が自分をどう思っているのか時折気にするのだろう。もちろん俺にもそういう感情がないわけではないが、いや、ある時には他人以上にそのことに過敏になる。
「本当にあいつはむかつくわ。いなくなればいいのに。そう思ってる人は他にもいるのよ。だから職場ではあいつがいない時は陰口を言って笑いあっているの」
 俺はその時その陰口を言われた女への憐憫と、もしかしたらそれが俺への皮肉ではないかとすら思った。
「そういうやつほんと嫌だよな。それにその男には見向きもされないんだろ。かわいそうに」
 俺はその女にそう言っておいた。
「本当にそう。嫌なやつでしょ」
 ふふふと目の前の女は笑った。なんだかすごくそれが冷たくて俺はぞっとした。そしてこの女がその男を取ろうとしていることにも気が付いてしまった。ふいに、目の前の女のエゴイズムを見た気がして、より背筋がぞっとした。
 いったい人間とは何なのだろう。それは他人に対しても自分に対してもだった。明らかに自分とは別のルートを歩いている他人。そしてどうやら異なった道を進むことになった自分がいることに気付いた。
 別にそれを孤独と大それた言葉で表現したいわけではない。ただ寂しいのだ。
「ねえ、ここのコーヒーおいしいよね」と俺は話題を変えた。
「おいしい。おいしい」
 その女は急にさっきの冷たさを失わせた。それが俺には奇妙に見えた。どこまでも裏があるように思えるのは俺がそういう人間だからだろうか。この女は本音を隠して人を操ることしか考えていない。そして周りに合わせるために作り上げた話題を俺の前に提供して、その技術の度合いで俺を試しているのだ。俺の被害妄想だろうか。
 俺はコーヒーの店を眺めた。俺でも作り出せそうな気がした。そして俺のようなやつがこの店を作ったのだとなんとなく悟った。この意図的と思えるまずい味もこの店の特徴なのだと。
 東京の都心を歩けば様々な店から車から線路を通る電車まで目に入る。いつの間にか世界はこんな姿になった。そして女はとても華麗な服を着ている。俺の地味な安い服とは大違いだ。
 俺は文化について戦争について人類の歴史について思いを巡らせる。いったいどこで俺達は何をしていたのだろう。ふいに十字架のネックレスをした男とすれ違い、頭の中に宗教が思い浮かんだ。なんだか怖いなと俺は思った。
 だから俺はこうやってコメディを演じている。これが明らかに人類の病であることは確かだ。そして常に裏に何が隠されているのだろうと不信に思いながら暮らしていた。少なくとも俺の周りにいるのは楽観主義者ばかりだった。だから俺は横を歩く女にも固く口を閉ざしたままだった。


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