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向本果乃子さん

目をとめて読んでいただき嬉しいです。読者としても、自分には書けないジャンル、アイデア、文体がたくさんあって、楽しみながらも勉強させて頂いてます。運営、選考に携わる皆さんにはこのような場を設けて頂き感謝しています。講評はいつも励みになります。読んだ後、読む前にはなかった感情が生まれたり、世界が少し違って見えたり、自分が実はずっと心に持っていた何かに気づかされたり、登場人物のその後を考えてしまったり…そんな小説を書けるようになりたいです。

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笑って

18/06/06 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:2件 向本果乃子 閲覧数:214

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「おつかれサマーバケーション!」
 サッカー部の練習を終えて汗だくの俺の前に立つ繭。突然口をとがらせて親指を立て肩をすくめると、縄跳びネタが人気の芸人の動きを始めた。俺の後ろにいた1年が爆笑する。
「柏木先輩、そんなキャラでしたっけ?」
 繭は後輩がいたことに気づいていなかったらしく、顔を真っ赤にして俯いた。
 いつからか俺の前でダジャレを言ったり芸人の真似をしたりするようになった繭。最初は普段の繭とのあまりのギャップに驚いて大笑いしたけど、もういい加減にしろって思う。一度「お前に笑いのセンスはない」と言ったら酷く落ち込んだから「芸人になりたいの?」と聞いたら「まさか」と即否定した。だよな。繭は絵を描くのが好きでずっと美術の先生になりたいと言っていた。じゃあ何で?クラスでも大人しく休み時間に一人で絵を描いてるような繭なのに、俺が笑わないと悲しそうな顔をして新たなネタを覚えてくる。だから何で?
「帰るぞ」
 俺たちは生まれた時からお隣さんだ。しかも母親が病気で入退院を繰り返していたから、俺はよく繭の家で飯を食べ風呂に入り父親を待っていた。成長とともにその時間は減ったけど、去年母親が死んでからまたそんな時間が増えた。自分の家のようになじんでいる繭の家で過ごすことは嫌じゃない。むしろ一人の家にいるよりずっといい。仕事をしている繭の母親が帰ってくるまで一緒に宿題をしたり、俺がゲームをしている横で繭が絵を描いたり、そうやって二人で過ごす時間が俺は昔からとても好きだった。それなのに、今では繭はおかしなことばかりしている。俺が真面目な話をしようとしても面白くもない変顔をして聞こうともしない。クラスでは相変わらず大人しく絵を描いているらしいのに、俺とは真面目な話をしたくないってことなのか? 俺はそんなコメディみたいな時間を繭と過ごしたいわけじゃなくて、もっと…
「見て!」
 繭の声にはっとして顔をあげると、隣を歩いていたはずの繭が電柱の影に隠れている。
「はい、ひょっこり」
 と言って顔を出す。いやいや、肝心の「はん」が抜けてるし。俺はつっこむ気力もなくして黙って歩く。繭も肩を落として俺の後をついてくる。
 そのとき後ろから「佐倉くん!」と俺を呼ぶ声がした。振り向くと同じクラスの女子が駆けてくる。制服のスカートから伸びた華奢な足がアスファルトを蹴る。茶色く長い髪が揺れる。学校でもひときわ目立つ男子憧れの女子。軽く息を切らせながら「聞きたいことがあって」と言う彼女の肌は透きとおるように白く全体的に儚げだ。
「佐倉君は…柏木さんと付き合ってるの?」
 思いもかけない質問に俺はわかりやすく動揺する。
「え、なんで?」
「いつも一緒に帰ってるし、仲よさそうだから」
 俺が聞きたかったのはなんで彼女がそんなことを気にするのかってことなんだけど。
「家が隣で、幼なじみっていうか」
 いや、まさか、あり得ないよな。彼女は俺には縁のない世界の人のはず。うぬぼれるなよ、俺。それに俺はずっと繭のことを…だけど繭は俺が真面目に話そうとしても聞こうともしない。まるでそういう雰囲気になるのを避けてるみたいに…ってそうなのか?
「よかったね、まぁくん」
 突然割って入った繭の声に我に返る。
「もう私がまぁくんを笑わせられなくても大丈夫だね。彼女がいればそんなの必要ないもんね。うん、よかった。どんなに頑張っても私にはまぁくんを笑わせることできなかったし、うん、ほんとよかった」
 繭は、俺が返事をするどころかまだ決定的な告白をされた訳でもないのに先走った挙げ句訳のわからないことを言って逃げるように駆けだした。
 何なんだよ、意味わかんねえ
「佐倉くん」
「ごめん、俺行くわ」
「え?」
 繭の後を追いかけながら、もったいないことしたかなとちょっと悔やむ。こんなチャンスもう一生ないかもしれないのに。だけどあっという間に追いついた繭の顔は涙でびしょびしょだったから、やっぱ追いかけてよかったと思う。
「何で泣いてんだよ。訳わかんねーし」
「だって」
「俺を笑わせるって、何のこと?」
 繭がしゃくり上げながら話したのは、俺の母親が繭の手を取ってお願いしたという最後の頼みだった。
「私がいなくなっても、まぁくんが笑っていられるように、繭ちゃんおねがいねって」
 それって…
「笑わせるって意味じゃないだろ」
「でも」 
 でもじゃないから…ったく、言わないとわかんないのかよ。
「繭がそばにいてくれれば、それだけで俺は笑顔でいられるんだよ」
 って、何これ、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。俺の言葉になぜかさらに泣き出す繭。やっぱ俺にはラブストーリーよりコメディの方が似合いだわ。
「なあ、繭、笑ってよ」
 頼むようにそう言う俺は、涙と鼻水で酷い顔した繭のことを抱きしめていいかまだ迷ってる。


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このストーリーに関するコメント

18/06/14 文月めぐ

拝読いたしました。
繭の健気な様子が伝わってきました。
最後の佐倉の困惑、リアリティがありますね。

18/06/15 向本果乃子

文月めぐ様

ありがとうございます。コメント嬉しいです。繭のちょっとずれてるけど(^^ゞ健気な様子が伝わってよかったです。そして佐倉くんの困惑にリアリティを感じて頂けたなんてとても嬉しいです。書いていて楽しい作品でした。楽しんでいただけたら嬉しいです。

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