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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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絶対に笑ってはならない

18/05/30 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:165

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 困ったことになった。貫夫は途方に暮れてしまった。
 美紀の母親が、急な病で他界した。間近に結婚式を控えていたやさきのできごとだった。美紀は、貫夫より三つ年下だったが、気丈にも、彼のまえでは涙ひとつみせなかった。三人きょうだいの長女でもあり、母の告別式の準備に、父親ともども率先して動く姿がむしろ痛々しくうつった。
 問題は、そのことではない。
 これまで、人には話したことがなかったが、貫夫にはひとつ、どうにもコントロール不可能な性癖があった。
 いったん、笑い出すと、とまらなくなってしまうのだ。
 なんだ、そんなことぐらい、と何もしらない者はいうかもしれない。そりゃ、これが楽しい席だったら、ぜんぜん問題にはならない。飲み会とかパーティーに、彼がよく招待されるゆえんが、その明るさだったのだから。きみの笑顔は、価千金だねと、年配者からほめられたこともある。寄席や喜劇をみにいたときなど、舞台上でいくら演技者たちが笑いをとろうとしても、いまひとつもりあがらないときなど、なにかのきっかけで笑い出した貫夫の、その雪だるま式にふくらんでゆく笑い声につりこまれるように、周囲の客たちが笑いだし、さらに客席全体が笑いの渦にまきこまれたことも二度や三度のことではなかった。
 告別式といえば、誰もが沈痛な面持ちでやってくる。まちがっても、げらげら笑うものなどいはしない。貫夫は、じぶんがその不埒千万な人間になるのではという不安に、生きた心地もしなかった。
「こんにちは」
 友達の早川という、美紀ともしりあいの男が貫夫の家にやってきた。今夜の告別式に、いっしょに出席する約束をしていた。
 一目貫夫をみるなり、
「いつもは陽気なきみなのに……むりもない、彼女のお母さんが亡くなったんだもんな」
「じつはほかに悩みがあるんだ」
「なんでも相談してくれ。力になるよ」
「ありがとう。じつは――」
 貫夫は彼に、悩みのすべてをうちあけた。
 話をききおえるなり早川は、いきなり腹を抱えてわらいころげた。じつはこいつも俺と同類じゃないのかと、貫夫がうたがったほど、彼の笑いの発作はなかなかおさまらなかった。
「いや、笑ったりして、失礼。きみにとっては、まさにぬきさしならない状況に立たされているわけだ」
「とても笑っている場合じゃないんだよ」
 早川はしばらく思案してからいった。
「きみがもし、笑い出そうとしたらそのときはぼくが、そばからきみの足をおもいきりふみつけるとか、ズボンの上からふとももを、したたかひねるとかすれば、なんとかしのげるんじゃないか」
「そんな生易しいことでは、到底……。むしろそれがきっかけで、いっそう笑い出す確率のほうがずっと高い」
「そこまで重症なのか」
「自分のことは自分かいちばん知っている」
「じゃ、きみが笑いそうになる寸前に、首をしめるとか、金的をけりあげるとか、やってあげようか」
 むろん早川は、冗談のつもりでいったのだが、
「最終的には、それも手段のひとつだな」
 と、真剣な面持ちでこたえる貫夫だった。
 けっきょく、いいかんがえもうかばないまま、時間はすぎていき、喪服姿の貫夫と早川が告別式会場に足をふみいれたのは、夕刻の六時のことだった。
 絶対、笑ってはいけない。つよくじぶんにいいきかせながら貫夫は、つぎつぎに参列者たちが焼香をすませていく様子をじっとみまもっていた。その顔触れをみると、ほとんどが美紀の家族の近親者ばかりで、他人はじぶんたち二人だけだとわかった。この状況下でうっかり笑いでもしたら、たちどころに家族一同から婚約解消をいいわたされても文句はいえない。どっと冷や汗が顔からしたたりおちると同時に、そのことがなぜか、おかしさの種になりそうな予感に、おもいきり彼は奥歯をかみしめた。
 貫夫と早川を最後にすべて焼香はおわった。まえで美紀の父が喪主として出席者になにごとかを語りかけるのにも、貫夫の耳にはまったくはいらなかった。ここまでがまんにかまんをかさねてきた彼だったが、もはや限界がちかづいていた。おかしなものがなにもないというそのことじたいが、おかしくてならなかった。
「ちょっとおれ、席をはずす――」
 嘔吐をもよおした人間のように、口をおさえて貫夫が椅子からたちあがろうとしたそのとき、 肉親の一人として父の横に立った美紀の、落ち着いた声がきこえてきた。
「なにより楽しいことがすきな母でした。どうかみなさんの明るい笑い声をきかせてやってください」
 彼女のうながしにみんなが、柔和な笑みをうかべ、優しい笑い声がそのあとにきこえだした。
 事前に早川から貫夫の窮地を告げられていた美紀が機転をはたらかしたことを、早川から耳打ちされた貫夫は、彼女のおもいやりにみちた心遣いに、感激のあまり泣きだした。


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このストーリーに関するコメント

18/06/29 木野 道々草

拝読しました。タイトルを読み、これは読者への挑戦かもしれない、絶対に笑わないぞと思いながら読み始めましたが、「じつはこいつも俺と同類じゃないのかと〜」のくだりで、噴き出してしまいました。その後は、もう素直に読もうと思い、楽しく拝読いたしました。美紀さんはなんて素敵な人なのだろうと思いながら、このお話は感動に締めくくられると思いきや、突然くるオチに笑いました。そして人生は上手くいかないから、面白いのかなと思いました。

18/07/04 W・アーム・スープレックス

木野道々草さん、ありがとうございます。

いったん笑い出すととまらない人って、あなたのそばにもいませんか。じつは私もそれにちかい一面がありまして、この主人公同様、厳粛な場所に出るときなどは、けっこう緊張します。まあここまではいきませんが。
オチは読者を裏切ってこそ値打ちがあると誰かがいっていました。ものかきってつくづく、根性悪にできていますね。
「うまくいかないから、面白い」――励まされるお言葉です。

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