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石蕗亮さん

占師。および魔術師。 WEB幽にて怪談投稿してました。 弟子育成の経験や実体験を基にした不思議な話を中心に書いていきたいです。 沢山の方に読んで頂き、反論含めコメント頂けると幸いです。

性別 男性
将来の夢 作家、起業
座右の銘 人は言葉に置き換えれるものしか理解できない。置き換えた言葉でしか理解できない。

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執着を捨てて

18/05/28 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 石蕗亮 閲覧数:177

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赤い赤い夕焼けが街中を赤に染めていた。
人も車も街路樹も、赤を纏い赤に彩られていた。
夕陽を浴びた場所は鮮やかに、影を負った場所は赤暗くに、コントラストとグラデーションで街は色彩を奏でていた。
そんな色鮮やかな街の一角にぽつりと、昏い昏い場所があった。
周囲の赤が、そこだけ滲んでいるようにぼやけていた。
そしてその場所だけは、赤というより紅かった。
駅前の人通りの多い場所でありながら、何故か其処は昏かった。
いや、昏いのは場所ではなく其処に居る女であった。
社会人というには若そうで、学生というには落ち着きがある風体だった。
彼女は赤く染まった街路を往く人々の足を感情の伴わない虚ろな瞳に映していた。
彼女の瞳には街の色彩が蝋燭の小さな灯のように灯っていた。
「もし、お嬢さん」
男の声にぱっと顔を上げたその表情はすぐに華が萎れる様に曇った。
待ち人ではなかった。
逆光で顔は見えなかったが声が違ったのですぐに別人と判別できた。
「少しお話してもよろしいですか?」
「ナンパなら結構です」
「お嬢さんをナンパできるくらい若ければ良かったんですがね」
「勧誘ならお断りです」
「そういう類でもありません」
「補導されるような歳じゃないですから」
「補導員でも警察でもありません」
「じゃぁ何なんですか。私、今他人と話す気分じゃないんで」
「其処に居続けるの辛くないですか?」
「貴方には関係ないでしょ。ほっといて下さい」
「待ってるんですか?」
「関係ないって言ってるでしょ!」
「貴女から行ってあげないと。彼は来れないんだから」
思わず彼女は男を見上げた。
しかし逆光で表情は見えない。
街中夕陽の鮮やかな赤で輝いているのに、男の姿は輪郭の端を夕陽が縁取っているだけで、まるで影がいや、闇が佇んでいるようだった。
「貴女がその場所に執着して居続けるのにはそれ也の理由があるのでしょう。
執着は決して悪いことではない。執着とは生きることの証明のようなものだから。
生に執着するから生きていられる。
生きる為に肉体に執着する。
肉体に執着するから健康に気を使う。
体形や能力に拘る。
幸せに生きたいから好きなものに執着する。
物に、人に、場所に、時間に、色に、音に、味に、温もりに、在り方に、生き方に様々な事象に執着する。
それらが積み重なり折り重なり経験となって人格や個性を形成し、その人らしさを作り上げていく。
だから、執着はすばらしい。
しかし、それも度を越すと厄介だ。執着し過ぎると範囲を狭め変質を齎してしまう。
全てが、というわけではない。
が、いき過ぎた執着は行動を、意識を、視野を、場所を、許容を狭窄的なものにし様々な選択肢を限定化させてしまう。
執着とは本当に扱い方次第で神にも悪魔にもなる。
ほら、貴女も其処に執着してしまってるでしょう」
男の指摘を女は否定出来なかった。
事実、立ち上がることすら出来なかった。
「重いのでしょう」
「そんなこと…」
「根、はってますもん」
見ると足から木の根のようなものが地面に向かって生えていた。
見渡すと足の付け根や腰のあたりも同様だった。
「何これ!」
「何って。貴女の執着ですよ。いや、これは悪化してるから妄執ですかね」
「何を言ってるの!?」
「記憶は?」
「はぁ?」
「『死んだこと』は自覚してますか?」
「死!?」
「此処はいつも彼と待ち合わせしていた場所。だから、此処に居れば迎えが来ると思ったんでしょうね」
「そんな…じゃぁ、彼は?」
男は無言で空を指さした。
「貴女の執着は自分を許せないこと。あの日自分が誘わなければ、我侭を言わなければ、あんな事故なんか起きなかったと、そういう自責の念に憑かれてしまってるんですよ」
「じゃぁどうすれば!」
「認め、受け入れましょう」
「どうやって」
項垂れる女に男は往く先を示すように呟いた。
「新しい目標があるじゃないですか。彼はあそこで待ってますよ」
女は天空を見つめた。
「起きた事実は無くならない。あなた方は事故で命を終えたのです」
その言葉に女は悔しそうに目を瞑ると端から涙を零した。
 パキリ
「大切な人だったのでしょう。彼も同じように思ってますよ」
「本当?」
「私は彼から依頼を受けてきたんです。私が此処に居ることがその証明です」
 パキリ
「彼、怒ってない?」
「それは直接確かめてください」
 パキパキパキ
会話の度に根が崩れていく
「此処に執着する必要はありませんね?」
男の問いに女は頷くと空を見上げた。
真っ赤な夕時は終わりを告げ宵闇が覆い始め、その紺碧の闇の中には満月が漂っていた。
「さあ」
男の声に続いて女の身体が浮いた。
「これで自由に浮遊できるようになりましたが、読んで字の如く遊ばずに逝ってくださいね」
女は頷くと紺碧の闇をまっすぐに昇って逝った。


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