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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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フク子さんと惑星ブランコ

18/05/28 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:4件 冬垣ひなた 閲覧数:236

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 SNSのタイムラインはまた、校舎から飛び降り自殺した男子中学生の話題で持ち切りだ。
 いじめが原因だって? 何にも悪いことしてないのにさ、「いじめられた方にも原因が」とか「死んだら掃除する人が迷惑」とか言われて可哀想に、あたしも他人事じゃないよ。


 スマートフォンの画面から目を離すと、公園のベンチに腰かけていたフク子は、夕空を眩しそうに仰いだ。
 有り難いお天道様の光も、オゾン層が破壊されて迷惑がられる時代に、今年喜寿のフク子がピンピンして暇を持て余しているのは申し訳ない気がする。
 3年前、夫に先立たれた。1人には広すぎる家を売りに出し、長男夫婦宅に暮らすようになってから、家事が楽になった。「お義母さんは何もしなくていいですから」なんて息子の嫁に他人行儀にされると、「ありがとう」とは素直に言いづらい。
 自殺した中学生……うちのひ孫と同い年か。考えたくないけど、笑顔の下の本音を考えちゃうねぇ。フク子は小さくため息をつく。
 いじめらっれっ子の味方になる猫型ロボットが開発されるのは22世紀。20世紀半ば生まれのひいおばあちゃんじゃ、何の役にも立たないか。


 そういえば公園を散歩しても、めっきり子供たちを見かけなくなった。出会うのはフク子と同じ、年寄りばかり。ほのぼのと昔の自慢話に花を咲かせ、昭和の大スターの訃報にしみじみと涙して、家に帰ってから毎度フク子は自己嫌悪する。
「老後じゃない話題が欲しい……もっと現代をときめくような」
「お義母さんだってまだまだ若いですよ」と言う嫁がくれた萌黄色のスカーフを喜んで首に巻き、お洒落して美容室に行った帰り道。
 ファッションショーのランウェイを行くがごとく、颯爽とフク子は公園を歩いたが、知り合いに会うこともなく、腰と脚が痛くなっただけで無駄な努力をしたと、ベンチに座り込んだところだった。


 ふと見ると、公園のブランコがひとりでに揺れている。
 フク子は童心に返った。
 わくわくしながら、ブランコの座板に腰掛け、鎖を握ってゆっくりと漕ぎ始める。
 地面から離れた身体が前後に大きく弧を描き揺れていく。
 映画のような夕暮れの景色がスクロールしてゆくたび、フク子は興奮した。
「凄い、あたし浮いてる!」
 思わずフク子は声を上げはしゃぐ。身近な子供の乗り物がこんなに楽しいなんて。意外な発見だった。
 空を見ると満月が昇っている。アポロ11号が月面に到達したとき、フク子はいつか、かぐや姫の住む世界に行けるんだと信じていた。
 もっと早く、もっと強く。
 フク子を乗せたブランコは、時計の振り子のように、地球の中心で高く大きくスイングする。
 月に一番近づいたと思った時、身体が一瞬ふわりと浮き上がる。そして強く引き戻される。
 望みに届け。
 もっと、遠くへ。
 ……けれども生きている間に、月へ行くことは叶わない。そう悟ったのは、夫の死に顔に別れを告げた時だろうか。
 ノストラダムスの予言は外れたけど、全ての人に死は等しく迫って来るのだ。命を刻む砂時計が落ちきったら誰もがジ・エンド。
 さあ今、この手を離したら……どうなる?
 フク子は試したい衝動に駆られる。
 首に巻いていた萌黄色のスカーフが、宙に舞った。
 透かし模様の布は、橙色の光を映しながら天へひらりと飛んでゆく。
 重苦しく蓄積された人生が、走馬灯のようにフク子の中を駆け抜けて、背中を押す強い風が吹いた。


 校舎から飛び降りた少年に、「もうちょっと待って」と言いたかった。
 代われるものなら、代わってやりたかったよ。
 君が生きてるうちには、きっと月へ行けたんだからさ。


 ブランコが、キィキィと軋む音をたててゆっくりと止まる。
 歳月が刻まれたフク子の皺だらけの手は、しっかりとブランコの鎖を掴んで離さなかった。バランスを保つことが出来たのは、亡き夫と愛好していたエアロビクスのお陰だろう。
 フク子は足を地面につけると伸びをした。節々が痛む。
「やっぱりこの年で無茶するもんじゃないね」
 スカーフはどこへ行ったのかと探し回ると、ジャングルジムの端っこに引っかかっていて、フク子は木の枝で上手く取ることができた。
「良かった」大事に頬ずりし、フク子は再びスカーフを首に巻く。
 夕空に、白銀の月が輝く。
 月に攫われるように体の浮いた感触は、残り少ないこの一生フク子は忘れない。この身体は、まだ生きたがってる。
 ウサギの餅つきを確認できない無念を、来世への楽しみにして、フク子はUMAを見つけたような勢いでスマートフォンのカメラで月を撮った。
 今夜、日本上空を通る国際宇宙ステーションが、少年の魂を安らかな天国まで連れてゆくだろう。
 どこか近くで「お義母さぁん」と、フク子を探すのんびりした嫁の声が聞こえた。


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このストーリーに関するコメント

18/05/29 木野 道々草

拝読しました。ひ孫がいる年齢の女性が、ぶらんこで遊ぶというのがお茶目で、素敵だなと思いました。また読後、ぶらんこを漕いで一番高いところでふっと浮くあの浮遊感のように、ふっと気持ちが軽くなりました。最近はあまり小説を読みたい気持ちになれませんでしたが、この作品を読み終わった後は、「面白かった、小説って楽しい、また読んでみよう」という気持ちになりました。ありがとうございました。

18/05/30 冬垣ひなた

木野道々草さん、お読みいただきありがとうございます。

日頃ご年配の方に接する機会が多いのですが、こういう方もきっといるだろうと思いながら書きました。フク子さんのように朗らかな人の視点から、世の中がどう見えるのか考えたかったというのもあります。面白かったと言っていただけて、この作品を書いて本当に良かったです。こちらこそ、勿体ないお言葉に感謝します。

18/06/18 待井小雨

拝読させていただきました。
ひ孫と同じ年齢の子の痛みを思う主人公の優しさや、公園で遊ぶ軽やかさがじんわりと胸に染みました。
何かが解決したわけではなく問題が進展したわけでもないけれど、心をほんの少し、軽くしてくれたように思います。

18/06/20 冬垣ひなた

待井小雨さん、コメントありがとうございます。

最近は、ニュースから気になる話題をとりあげて書くことが多くなりました。閉塞感のある世の中に直接的に何か出来なくても、自分の身の回りのほんの少しの人間や場所の居心地を考えるって大事なんだと、フク子さんを書いて改めて気付きました。

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