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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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シ二ボタル

18/05/28 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:1件 そらの珊瑚 閲覧数:151

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 すっかり夜が更けると、小川のそこかしこで青白く光るものが揺らぐ。ゆらーん、ゆらん。蛍だった。
「ばっちゃん、きれいやね」
 私が伸ばした幼い手のひらに、蛍が一匹とまった。いつもそうだった。つかもうとしたわけではない。蛍が自らの意志で、或いは見えざる何かの力に導かれるように私のところへやってくる、そんなかんじだった。
 小さかった私は、葛で編んだ祖母の手作りの籠の中に、その蛍をそっと入れた。蛍の入った籠を手に、家に帰る。祖母と並んで寝る枕元にその籠を置き、光の点滅をみつめていると不思議に満ち足りた気持ちになった。ふたりぼっちの生活はとりたてて不幸なものではなかったが、それでも私はどうしようもない寂しさを持て余していて、その美しいものによって埋めていたのかもしれない。
 朝が来て目覚めた私は籠の中を確かめる。きれいさっぱり、蛍などいないことが時折あった。
「ばっちゃん、ほたる、いねえ」
「そうかあ。したらば昨日の蛍は死に蛍じゃったんだの」
「シニボタル?」
「そうよお。てめえが死んじまったのに、それに気づかずに、光っちゅう蛍のことさ。それは普通の人には見えん。だども、糸、おめえさんには見えちまうんじゃなあ。ばっちゃんも見えちまうんさ。血は争えんもんだなあ」
 祖母も私も、死んだ者が見えてしまう体質だった。人間もしかり。死びとは誰も彼もさみしい瞳をしていた。私と一緒じゃ。心の中で呼びかけながら私は死びとをじっと見る。――おめえはもう死んどっと。すると死びとの瞳の中にあった最後の光が点滅し始め、ふっと消える。死んだ事に気づくのだそうだ。そう、昨日の蛍のように。祖母は、その行為を「お弔い」と呼んだ。
「きのうのほたるは、どこさ行きなすった?」
「生きてるモンには行けねえとこだろうさ」
「私のとうさんかあさんも、そこさ行ったんか?」
「さあなぁ」
 私がまだ幼い頃、両親は事故で死んだと祖母から聞かされていた。祖母の織る反物の取引で、都会へ出かけて事故に遭ったと。
 祖母は機織りを、なりわいとしていた。祖母の織る反物は、村に伝わる伝統的な織物だった。もう織り手が少ないこともあり高値で取引され、そのおかげで私は都会の大学へ進学させてもらい、そのまま都会で就職した。
 ◇
 都会の夜はいつまでも暮れていかない。昼とは違ったきらびやかなネオンサインにあふれている。ふとそれが蛍に重なる時があった。騒がしい偽物の蛍。
 ふるさとには、仕事にかまけてしばらく帰っていないが、祖母は元気だろうか。トントン、カラリ。機を織る祖母の丸まった背中が浮かんできた。
 さみしさが押し寄せてきて、私は人の群れからはずれ、駅前のベンチに腰を下ろす。小さな噴水は数分間隔で水を吹き上げ、虹色にライトアップされている。ふるさとの清水とは比べようもないほど、汚い水であって、蛍なんかいるはずもないのに、いつしか私は夢中になって蛍を探していた。
「あぶねえ」
 身を乗り出してバランスを崩した私は噴水に落ちそうになったが、誰かが私の腕をつかんでくれた。
「ありがとうございます」
 私は振り向いて礼を言った。
「気を付けろ、お嬢さん」
 助けてくれたのは私くらいの年齢の男だった。隣にやはり同じくらいの年齢の女がいて
「泳ぐには、ちいと早いんでねえか」と笑った。
「ほんとですね……」
と答えながら、私は二人のいでたちに違和感を覚える。二人は着物姿であった。それも見覚えのある、祖母の織り物。二人の顔にも見覚えがあった。たった一枚だけあった私の両親の結婚式の写真。あの新郎と新婦ではないか?
「もう夜も遅い。帰ったほうがいいんでねえか」男が言った。
「あたしらも今から帰るとこでさ。駅まで一緒に行くかいね?」
「はい。是非ご一緒させて下さい」
「お嬢さんは都会生まれけ? 綺麗な言葉を話しなさるな」
「いいえ、田舎育ちですけど、もう十数年も離れているので、すっかり訛りを忘れてしまいました」
 嘘だった。言葉が訛っていると、ここでは馬鹿にされる。必死に努力して訛りを封印した。取り繕って生きているうち、何か大切なものまでも忘れてしまったような気がする。
「お二人はご夫婦ですか?」
 二人はにっこりとうなずいた。
「お子さんは?」私は聞いた。
「女の子が、ひとり。もうすぐ一歳になるかのう」男が答えた。
「お名前は?」
「糸」
 二人同時に言うものだから、たった二文字の私の名前が、まるで音楽みたいだ。
 男はカバンから一枚の写真を取り出して私に見せた。そこに写っていたのは、幼い私。

 ――父さん、母さん、おめえらはもう死んどっと。
 そのことを悟られまいと、私はわざと二人のさみしい眼を避けて見ないようにして歩いた。

 浮遊する都会のネオンサインは少し滲んで、ふるさとの蛍にも似て美しいと思った。


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このストーリーに関するコメント

18/06/28 泡沫恋歌

そらの珊瑚さま、拝読しました。

なんとも儚く美しいお話でしょう。
ずいぶん以前に珊瑚さんが書いたホタルの話を読んだことがありましたが、
この人の腕に掛かれば一匹のホタルが、こんなにも瑞々しく表現されるのかと……
そのときの感動と驚嘆を覚えた記憶が蘇ります。

珊瑚さんの描きだす文学は、ホタルのように眩く美しいです。

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