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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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六畳間のクリエイター

18/05/27 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:1件 冬垣ひなた 閲覧数:185

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 昭和の時代。私がまだ、とても幼かった頃の物語。2軒隣に住んでいたみっちゃんは、私の初めての友達だった。幼稚園に行くのも、遊ぶのも一緒。いつも私は彼女の家まで呼びに行く。
「みっちゃん、遊ぼう」
 玄関の内側で待っている間、幼児の私は不思議な気持ちで、振り返って引き戸を見上げていた。
 戸と天井までの空間に、それほど大きくない幾つかの絵が額に入れられ、大切そうに飾られている。絵画教室に通っていた子供の私にも、その絵は上手いと一目でわかった。でも静物画の類とも雰囲気が違っていた。
 なんていうか、マンガのせかい……。
 鮮烈に覚えている一枚は、激しいボクシングをした後らしい男性が、ただ静かに椅子に座っている、それだけでドラマが生まれてくる力強いタッチが魅力の絵だった。
「これ、おとうさんが描いたんよ」
「へぇ。おしごとは、絵描きなん?」
「ちがうけど」
 何度か同じことを尋ねたが、みっちゃんの返答はいつも曖昧だった。変なの。私だったら、こんな上手い絵書くお父さんなら絶対自慢するのに。
 後から思い返すと、みっちゃんは私に話したかったのだが、説明する語彙が全く追いつかなかったのだろう。
 子供の遊び場とは別世界のように、その絵はいつも私たちの頭上で、ただならぬ異彩を放ちながら存在していた。


 10歳になった頃だろうか。
「なあ、みっちゃん。玄関に飾ってあった絵って、『あしたのジョー』の矢吹丈やろ? アニメ特集でやってた」
 興奮した私は、みっちゃんに改めて尋ねた。
「あの絵、ほんまにお父さんが描いたん?」
「うん。せやけど、本物とは違うんよ」
 多分みっちゃん自身も色々父親に聞いて調べたのだろう。詳細を教えて貰ったのは、随分後になってからだった。
「うちのお父さんな、アニメを作る仕事してるねん」
「お仕事で絵を描いてるんや……」
「うん。でもあの絵はな、仕事と違うんよ」
 玄関に飾られた緻密な絵の数々は、彼が自宅でこつこつと描いている、ごく私的な趣味なのだそうだ。大人の事情があるのだろう、あまり人には言わないで欲しいとみっちゃんには口止めされた。
 アニメを知るにつれ、矢吹丈の隣にある絵が、『銀河鉄道999』のメーテルだと理解できるようになった。まだ何をもって本物と言うのか分からない年頃だったが、その絵は愛がこもっている、そう感じた。
 めちゃめちゃ上手いわ……。どうやって描くんやろ?
 その絵が、一人の人間の手からどうやって生まれたのか。純粋に私は知りたいと思ったが、職人気質なみっちゃんのお父さんは、子供があまり好きではないらしい。


 しかし好機が訪れた。ある休日の朝、珍しくみっちゃんの方から私を誘いに来ると「内緒やで」とまた口止めされた。
「お父さんの部屋、特別に見せたるわ。今は家におらへんから」
「いいの?」
「ばれたら怖いけどな、だまってたら大丈夫」
 そして私たちは好奇心旺盛な子供という立場を生かして、2階にある彼の部屋にこっそりと忍び込むことにしたのだ。


 今しがたまでいた部屋の主の、気配だけが留まっている。
 カーテンで閉め切られた薄暗い6畳間は整頓され、こたつテーブルが置いてあるのでまず目についた。「物にはさわらんといてや」というみっちゃんの厳命に従い、私はおずおずとテーブルに近づく。
 絵筆などの画材と、書きかけの色付けされた絵が置いてある。何の絵か定かでないが、その背景である、紺碧にちりばめられた星々が広がる宇宙が、私の心を捉えて離さなかった。
 仕事ではない、ささやかな趣味を詰め込んだこの空間には、神様が舞い降りたように静謐な時間が満ちている。
 生活の僅かな隙間を縫うように、絵筆を持ち本当に愛する作品を描く。一片の妥協も許さない、美しく閉じられた世界。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、まるでしまい損ねた星の輝きに思えてくる。
 そうだ。いつも私の頭上に感じていたのは、この宇宙のように途方もない可能性を見せた未知の世界だ。
 花に憧れ花を描くように、彼を突き動かした見えない情熱の源泉を垣間見たような気持ちになる。混沌とした感情が、部屋の中に漂って一つの宇宙を形成している。
 たとえ、作者の名前が表に出ない絵だとしても。
 それでも彼は、この絵の生みの親だ。
 クリエイターとしての仕事と同様の情熱を注いだ、表現という名の宇宙に深く感動した私がいたのだから。


 しかしみっちゃんとの約束を守り、あの日の感動を彼に伝えることはついに叶わぬまま、30年以上が経ってしまった。思い出のまま、秘密にしまっておくのには忍びなく、こうして彼に倣い創作物として綴ることにした。
 小説を書く私の6畳間の夜も、あっという間に過ぎてゆく。
 心の浮くような宇宙の始まりが、今も私を惹きつけてやまない。


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このストーリーに関するコメント

18/05/28 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・この物語は私の自伝的小説であり、時空モノガタリでの投稿100作目になります。いつも閲覧・評価・コメントありがとうございます。これからも初心を忘れず精進したいと思いますので、よろしくお願いします。
・画像は写真ACからお借りしました。

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