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奈尚さん

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レイニージャック

18/05/27 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 奈尚 閲覧数:124

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 大丈夫だよ、晴。レイニージャックに聞けばいいんだ。
 正しい答えは、彼がきっと教えてくれる。


「さあ、選びなさい」
 夕食後のテーブルに向き合って二人。
 静かに促すと、姪はおびえた亀のように小さく縮こまった。
「……また、後で」
「いや。今ここで選ぶんだ。晴」
「じゃあ、ちょっと……洗面所に」
「後にしなさい」
 少女は困惑した様子でうなだれた。
「無理よ」
「無理じゃない。君ならちゃんと決められる」
「でも私じゃ」
 言いかけて、彼女はきゅっと唇をかんだ。

 示したのは二つの選択肢。
 一つは、母についてここを出ていく選択。もう一つはこのまま、ここで私達と暮らす選択。
 姪は来年、中学を卒業する。今後の生活拠点をどこにするか決めなくてはならない。
 他の誰でもなく、姪自身の意志で。

 ――助けて。レイニージャック。

 うつむいた姪の口が動く。
 それに気づかないふりをして、私はこの場にいない兄に腹を立てていた。

 姪の晴がまじないめいたものに熱中していることには、少し前から気がついていた。
 彼女がいつも持ち歩いているラミネート加工のカード。
 何かを選ばなくてはいけない時、彼女は洗面器などに水を張り、そのカードをそっと落とす。

 カードが浮いたらイエス。沈んだらノー。

 彼女は『それ』をレイニージャックと呼んでいた。
 頼りない自分の代わりに、正しい答えを教えてくれる妖精なのだ、と。
 晴はその妖精にかなり依存しているようだった。どんなささいな選択でも、おうかがいを立てないと決められないくらいに。

「レイニージャックに尋ねたいのかい」
 問いかけると、晴は大きく目を見開いた。
「おじさん、知って……?」
「ああ。だがそれはまやかしだ。レイニージャックなんてものはいない」
「い、いるわ! レイニージャックはいる! 私、何度も助けてもらったもの」
 悲鳴のような訴えに無言で首を横に振る。
 そして彼女の目の前に、なみなみと水をたたえたボウルをさしだした。
「簡単なことさ。カードが水に浮くか否か。それは、水面に対するカードの傾き方で決まる」
 彼女のそれとよく似たカードを取り出す。水面めがけて投げこむと、カードはかすかなたぷんという音をたてて沈んだ。
「傾きが大きければ沈む。小さければ浮く。それだけの話だ」
 ボウルの底に落ちたカードをつまみあげ、もう一度落とす。するとカードは沈まず、ぷかりと水面に浮き上がった。

 大丈夫だよ晴。心配いらない。
 それが兄の口癖だった。
『レイニージャック』を教えたのは兄、つまり彼女の父だ。
 彼が不治の病に侵されたと判った夜、私は兄からそう告白された。
『心配なんだ。晴。あの子は気の弱い臆病者でね。大事なことは自分で決めちゃいけないと思いこんでいるのさ。絶対に失敗するから、ってね』
 だから教えたんだ。勇気の出るおまじないを。
 こけた頬をいたずらっ子のように緩ませる。
『でも、いつまでもそのままというわけにもいかない。だろう? 自信をつけるべきなんだ。なによりあの子自身のために』
 俺にはできない。だから、お前に頼みたいんだ。

『いつか、時期が来たら……魔法を解いてやってくれ』

「最初は、単純な五分五分の運試しだったかもしれない。君の意志と関係なく、カードは浮かんだり沈んだりしただろう。だが、」
 何十回とくり返せば、自然と覚えだす。気づきだす。どういう風に投げればカードが浮くか、否か。
「実に単純なことなんだよ。晴。レイニージャックなんて存在しない」
 引きつった顔の少女を前に、私は心の中で天を仰いだ。
 なんで私が、こんな憎まれ役の探偵のような真似をしなくてはいけないのだろう。こういうのは父親の役目ではないのか。
 なのに兄ときたら、夢ばかり与えて後は丸投げだ。
「君は君の願うようにカードを浮かべたんだ。無意識に、ある時は浮けと念じ、ある時は沈めと祈りながら、傾きを少し変えてカードを落とした。もし、」
 告白のすぐ後、兄は死んだ。
 晴の学校のこともあり義姉、晴の母はしばらくの間、嫁ぎ先であるこの家にとどまることにした。しかしそれももうすぐ終わる。
 来年、姪は中学を卒業する。義姉はそれに合わせて引っ越しを決めた。ついていくか否か、晴自身が決めなくてはいけない。
「その結果を正しいと思ったなら、そう感じられたのなら、それはレイニージャックなんかのおかげじゃない」
 濡れた射干玉がこちらを見上げる。
「君の力だ。君は君自身の意志で、正解を選べていた」
 レイニージャックなんていない。だけど。
 レイニージャックなんかじゃない。だからこそ。

「さあ、選びなさい」
 君自身の意志で。

 大丈夫だよ晴。心配いらない。
 浮遊するカードの中で、兄の写真が笑っていた。


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