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向本果乃子さん

目をとめて読んでいただき嬉しいです。読者としても、自分には書けないジャンル、アイデア、文体がたくさんあって、楽しみながらも勉強させて頂いてます。運営、選考に携わる皆さんにはこのような場を設けて頂き感謝しています。講評はいつも励みになります。読んだ後、読む前にはなかった感情が生まれたり、世界が少し違って見えたり、自分が実はずっと心に持っていた何かに気づかされたり、登場人物のその後を考えてしまったり…そんな小説を書けるようになりたいです。

性別 女性
将来の夢
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この浮遊する世界で

18/05/23 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:2件 向本果乃子 閲覧数:203

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最近、女子中学生につきまとわれている。
ー父親が自分は絶対正しいと信じて疑わないことが嫌!この世に絶対なんてないでしょ
ーえっと俺は君の親でも先生でもなく…
ーだから話してるの!
ーあ、そう
一体どうしてこんなことに。俺はたばこの煙を吐き出して溜息を隠す。
ー客席行く
少女は言い捨て去って行く。俺もベースを持ちステージに向かう。ロリだったのかとバンド仲間が笑う。ばーかと言って俺も笑う。

一ヶ月前のライブの後俺を出待ちしていたのが最初だ。
ー初めてベース格好いいと思った
ーあざーす
ースラップ痺れた。歌が煩いって思った。体の芯を震わす音だけ聞いてたかった。低音が体の奥でズンズン響くのに心はジンジンした
なんかエロいっすね、と言おうとして相手が子供だったのでやめた。眉毛の上で揃えた前髪と顎までのショートボブ。言いたいことが溢れそうな大きな目を隠すような黒縁の眼鏡。なぜか俺につきまとい勝手に喋る。その日のライブ終わりもやっぱり待っていて一方的に喋る。
ー顔やスタイルがよくて金持ちでおしゃれで空気が読めてそれがイケてるって誰が決めたの?よい遺伝子と環境を求める本能なら納得もするけど大人の思惑で垂れ流される情報に洗脳されてるだけに思える
ーなんでマスコミは不倫した有名人を徹底的に攻撃するの?傷つけられた家族が責めるのはわかるけど自分で考えたわけでもない正義振りかざして関係ない奴が断罪するなって話
ー校則ってだけで疑問も持たずに自信満々でいられる意味がわからない

俺のストーカーは賢くて潔癖で世の中の自分で考えない人全てを憎んでる。頭に知識を詰め込んでいつも考えてる小さな哲学者。まだ女の丸みを持たないちっさい体に怒りや疑問を詰め込んで叫ぶ。メロディをつければきっとそれはロックンロール。
ーなんで音楽やってるの?
ごまかしを許さない視線。
ー地球が丸いって知った時の衝撃ってきっとすごかったよね。ベルリンの壁が崩壊した時も、逃亡犯や遺族が殺人罪の時効撤廃を知った時も。まるで世界が変わったはず
怪訝な顔。
-同性の結婚や体外受精やスマホなんて五十年前には考えられなくて…あーっとだから、宇宙も正義も愛も社会システムも価値も法律も家族の形も全て変わり続けるしこの世に確かなものなんてない。君の言うとおり、絶対なんてない
挑むような目。
ーそんなこときっとみんなわかってる。それでも確かなものを求めてしまう人間だから寂しい
視線がさらに強くなる。
ーしがみつく確かなものがないこの世はあてどなく浮遊してる世界で、俺たちも長い歴史のわずか一瞬を生きて消えるだけの浮遊する存在でしかなくて。確かに思えた何かに掴まって留まろうとしても、次の瞬間その何かもふわふわどっかいっちまう。そんな世界で人間だけが言語化して考えることができるのは何の為だ?浮遊して消えてくだけの存在だとわかっていながら答えのないこと考え続けるのはしんどい。気づかぬふりして確かに見える何かにしがみつくか、何も考えずに浮遊してるほうがずっと楽だ
ー考えないで生きるなんて死んでるみたいで私は嫌!
思った通りの反応に笑いそうになる。
ー十六の俺も似たようなこと思った。自分で考え続けさえすれば、浮遊することは不確かで不安定なことじゃなく、むしろ自由や強さやしなやかさになるんじゃないかって。どこまでも揺れて転がって考えて変わり続ける、それはまさにロックンロールだろ。だから、少なくとも俺はそう生きようと決めた
ーでも思考停止してないと問題児扱いされる
ー君の考えが絶対じゃないんだろ?理解や共感を強要はできない
ーでも…答えがないとわかってることを一人考え続けるのは苦しい

そんな繊細でまっすぐ頑なに生きるにはこの世はふわふわと覚束ない。
ーだから、俺は音を鳴らす。もう三十のおっさんだけど、普段はスーツ着てるけど、だからこそ鳴らす。圧倒的な音の世界に支配されてる時だけは言葉や意味から解放される。この浮遊する世界でいつか消えるだけの浮遊する存在である現実からも浮遊する
-現実逃避
-かもな。だけどどう生きるべきか改めて思い出し奮い立たせられもする。この浮遊する世界で浮遊する存在として生き、それでも考え続ける力をもらう
何言ってんだ俺。言葉なんて伝わんねー。だから音を鳴らすのに、と思いながらも口は開く。
ー絶対はなくても、自分なりのやり方はあるはずだろ
少女の視線がふっと柔らいだ。
ー自分の音を鳴らすんだ
調子に乗った俺に初めて子供らしく声を出して笑う。
ーカッコつけすぎ
だよな。けど俺の中で響く音はとてつもなく気持ちいいぜ。こわばった頭と体を解放してひたすら俺を心地よく高揚させる。叫びたくなる。体の奥から何かが漲ってくる。悪くないだろ。そんな一瞬があれば。この浮遊する世界に確かなものなんかなくたって。


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このストーリーに関するコメント

18/05/24 みゆみゆ

確かなものはない、個々が浮遊している世界でも、こんなふうに人と人がすり寄せあえるのは確かなことだと思いました。この二人がいつか音楽で共鳴したらなんて、そんな気持ちになりました。

18/05/25 向本果乃子

みゆみゆさん

コメントありがとうございます。嬉しいです。確かなモノのない世界の寂しい二人の一瞬の繋がり、あるいは共鳴に気づいていただき嬉しいです。今回、書きたいことがうまく書けないままもどかしい思いが残っています。それでもみゆみゆさんのように読みとってくださる方がいてくれて、それだけで書いてよかったと思いました。

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