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マサフトさん

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父の背中

18/05/18 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 マサフト 閲覧数:61

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久しぶりに田舎に帰ると、昔のままの風景の中に混じって、記憶にない物が増えていたり、逆に懐かしいものが減っていたりする。

空き地が多く、寂れていた駅前は新興住宅地だとかができたためか大きく様変わりし、同じような形の新築の家がおもちゃのブロックのように立ち並んでいた。立方体の白い家は、窓のあるところの壁だけ黒く塗られているものだから、醤油をかけた豆腐のようだ。子供の頃の行きつけだった駄菓子屋は大手コンビニチェーンになっていて、懐かしさのかけらもない。

住宅地を抜けると田畑が広がり、いつも通りの地元の景色に戻った。ちらほらと新しい家が建っていたり、有ったはずの家が無くなっていたりするが、ほとんど昔のままだ。幸いにも実家は元の場所に収まったままだ。親の車は軽自動車に変わっているが。


「ただいま」

玄関を開けて家に入ると、母が奥から出迎えた。

「あら、おかえり。連絡くれれば駅まで迎えに行ったのに」

「駅前が随分様変わりしてたから歩いて見たくなってね、父さんはいる?」

「縁側で爪切ってるわよ」

縁側に行くと、父が背中を丸めて足の爪を切っていた。なんだか、背中が妙に小さく見える。

「おう、おかえり。何日くらい居られるんだ?」

振り向いた父の顔を見たら、なぜか安心した。昨年、定年退職した父は少し老けて見えた。

「んー、決めてないけど3日4日くらいかなぁ」

「そんな適当で良いのか?何日休暇とったんだ?」

「実は……会社辞めてきた」

「はぁ?なっ、まぁ、うん……そうか、深くは聞くまい。こっち帰ってくるのか?」

「貯金はまだあるから、しばらく向こうで転職先探すよ。駄目だったら帰ってくると思う。今回は、会社辞めた報告を兼ねての帰省」

「そうか…まぁお疲れさん。3日と言わずゆっくりしてけ」

相談もしないで会社辞めて、その先も無計画だなんて絶対怒られると思ったが、父は意外にも優しかった。代わりに母は烈火のごとく怒ったが。

翌日、する事もないので近所の神社まで散歩することにした。直線距離で言えば家から1kmにも満たないのだが、小高い丘の上にある神社なので、急な階段を登らなければならない。子供の頃は駆け足で登っていた気がするが、デスクワークでなまった身体にはつらいものがある。
鞭打ってほうほうの体で登り切った先に、おれが子供の頃から、いやおそらく爺さんが子供の頃から変わらないであろう社が静かに佇んでいた。装飾がほとんど無く、木目が露わになっているこじんまりとした、地元の産土様を祀っている神社。昔から、金ピカ朱色の豪奢な神社より、こうした素朴な社が好きだった。なんというか、たましいが落ち着く。

喉を潤そうにも、枯れた手水鉢は御神木の幹の中に半分飲み込まれている。きっと大昔からこのままなのだろう。水筒を持ってきておいて良かった。境内端の、腰掛けにおあつらえ向きな岩に座り麦茶を流し込む。初夏とはいえ、急階段を登れば汗ばむ暑さだ。麦茶が冷えていて美味しい。

ああ、そういえばここで毎年夏祭りやってたな。

ごく小規模な夏祭り。狭苦しい境内に屋台が3つだけ。金魚すくいと輪投げと焼きそば。しかもテキ屋じゃなくて自治会のテント。それでも、子供時分のおれには年に一度の大イベントだった。もう、輪投げでとった景品も、オマケでもらった金魚のその後も思い出せないが。

帰路につこうと鳥居をくぐり、階段を降り始めると、昨日の縁側での父の背中を思い出した。妙に小さい、丸まった背中。弱々しさすらある。
かつての夏祭りの日、一日中はしゃぎ回った結果動けなくなった子供時分のおれを、父がおぶって連れ帰ってくれた。父の背中は暖かく、大きく、強かった。もう陽は暮れて月と星が出ていた。父におぶさってもらいながら下る階段は、不思議な浮遊感を与え、月が触れそうなほど近くに感じた。

今無職なおれも社会的な浮遊物だな。しばしノスタルジーに浸ったが、「無職」という現実的な言葉で我に返った。
家に帰ったら父の肩でもあんましてやろう。父も定年まで勤めたんだ、なあにおれだって大丈夫だ。
楽観的に、でも一歩ずつ、ゆっくりと急な階段を下っていった。


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