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春海さん

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寄す処

18/05/17 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 春海 閲覧数:61

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シュウは、 手のかかる幼馴染みだった。
転んでは泣き、友達にからかわれて泣き、花が枯れて泣く男の子だった。
そんなシュウと、私はいつも手をつないで小学校を登下校していた。
泣き言を聞いて慰めたり、一緒に蝶々を追いかけたりした。
クラスの男子に、付き合っているのかとからかわれても、私は全く気にしなかった。シュウは私にとって可愛い弟みたいなものだった。

優しい優しいシュウ。シュウが大好きだった。
だから、大学に入ってから、あんなに変わってしまうとは夢にも思っていなかった。


「せっかく久し振りに会ったってのに、なんでそんな面してんの?」
シュウは不満気に私に言った。
大学のカフェテリアは騒がしい。四月の麗らかな日差しが眩しかった。
「俺と同じ大学に入りたくてここに来たんだろ?健気だなぁ」
「その髪の毛、なに?」
シュウの言葉を無視して、私は言った。片側は肩まで伸ばし、片側は刈り上げた奇妙な髪型。しわくちゃのシャツ、ギラギラ光る装身具。睨み付けるように、私はシュウの悪趣味なネックレスを見た。
「別にいいだろ。それより今日バイトないんだろ? 飲みにいこうぜ」
ニタニタ嗤う顔がたまらなく嫌だ。私はテーブルの上の珈琲を飲み干し、紙コップを握りつぶす。
「今のシュウとは何処にも行かない。じゃあね」
わざと大きな音をたてて椅子を引き、カフェテリアを後にする。何でこんな事になってしまったんだろう。煮詰めたみたいな珈琲の味が、いつまでも舌に残った。


高校で、何かあったのだろうか。
頭の良いシュウとは、同じ高校に入れなかった。
中学を卒業する頃には、かなり男らしくなっていたな、と振り返ってみれば分かる。別の高校になってしまって泣く私の頭を、大きな手で撫でてくれたのだ。
そう、その手に驚いたのだ。いつのまにか、『男の人の手』になっていることに。それが嬉しいような、寂しいような、気恥ずかしいような、そんな複雑な気持ちがしたのだった。それなのに。


シュウを避けてしまう自分がいる。
あのカフェテリア以降も、何故かシュウは私の周りによく現れた。暫くシュウの様子を観察していたが、変な格好の友人逹と騒ぎ、通りかかる学生を小突き、爆音を轟かせてバイクで構内まで乗り付けた。
彼は変わってしまった。私はシュウを避け続けた。


それからも、シュウの様子はどんどんおかしくなり、まるで地に足が付かないように見えた。
私は何をしたら良いかも判らず、ただ遠くから様子を見るばかりだった。
そうしていると、時々シュウの頭や体から、細い糸のようなものが、中空に向かって伸びているのが見える気がした。糸に引き摺られて、浮き足だつように歩くシュウ。透明なその糸は、日の光や街灯を反射して、微かに光っているのだ。その糸の先が何処に繋がっているのか、どんなに目を凝らしても見えない。
それを訝りながら、私はそれでもシュウを無視していた。その頃にはシュウも私に近付かなくなっていた。
秋が深まる頃、冷たい風とともに、噂が流れてきた。シュウが怪しい人逹と交流を持っていて、退学になりそうだとの噂だった。
それでも私はシュウに近寄りはしなかった。


「お疲れ様でしたー」
バイトの帰り。人通りの少ない道を、足早に通り過ぎようとした時だ。
「おい!逃げるのか」
怒鳴り付けるダミ声と、ゴツという重たい音に、びくりと体が凍りついた。細い路地に、三人の男逹に囲まれたシュウがいる。
唇から血が出ているように見える。
「次やったら覚悟しろよ」
男逹が奥に消えて、シュウは壁伝いにずるずると座り込んだ。駆け寄ろうとして一歩踏み出したとき、シュウが此方を見て思わず足が止まった。
伸ばした手が、馬鹿みたいに空を掻く。
ああ、と嗚咽が自分の口から漏れた。まただ。また糸が見える。
シュウは驚いたような顔のあと、泣き出しそうにくしゃりと顔を歪めた。その顔は、昔友達に置いていかれてひとりぼっちになった時と同じだった。
シュウの手が、こちらに向かってゆっくりと伸ばされた。指の先から伸びる糸。
今までの想いが、濁流のように押し寄せて、私は動けなくなった。
好きだ、シュウが好きだ。
昔のシュウが、とても。

ーーー何でこんなシュウになってしまったの。
私は、汚いものでも払うようにして右手を振り下ろし、シュウに背を向けて走り出した。プツリと、か細く糸の切れるような音がしたが、そんな事に構っていられなかった。
昔の優しいシュウを失った自分が可哀想で仕方なかった。

シュウはその時から、糸が切れた風船のように何処かへ行ってしまった。
細い細い糸の切れ端が、私の右手から垂れているのに気付いたのは、シュウが死んだと聞かされてからだった。


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