1. トップページ
  2. 死んだ彼女

はやかわさん

大学院生です。

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

死んだ彼女

18/05/14 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 はやかわ 閲覧数:69

この作品を評価する

 彼女と夢で出会う。黒髪でほっそりとしていて、高身長で僕は一目見て彼女に惹かれた。そんな彼女は夢の中で王女となっていた。身にそぐわないドレスを着てどこかぎこちない彼女の姿を僕は大衆の中の一人として見ていた。
 目が覚めて、今日は休日だと気づく。いつものようにコーヒーとトーストを用意して朝食を食べる。
 普段の日課だったが、僕の気持ちは憂鬱だった。気分が晴れることはない。これは恋なのか愛なのか理由はわからない。
 彼女は病気で入院している。もうじき余命通りなら人生を終えるはずだ。彼女の頬はすっかり痩せこけてしまった。あの元気だった頃の面影はすでに消え去り、彼女の生まれて本来の美貌すらも消え、目は常にうつろだった。
 僕は朝食を食べ終えるとすぐに病室に向かった。マンションの扉を閉めて駅まで歩いていく。
 途中健康そうな人を見るたびになんだかうらやましくなる。彼女の代わりに誰かがそうなればいいとすら思う。それくらい僕には特別な存在だった。
 昼前の時間帯、犬の散歩をしている主婦とすれ違う。
 まるで犬はその主婦に寄り添って生きているように思える。犬はいったいどんな気持ちなのか。僕は普段のように見過ごすはずだったけれど、今この瞬間だけはどうしても犬に同情のような気持ちが湧いてくる。
 彼女が病気になって死の淵を迎えた時から僕はあらゆることに過敏になり、感傷的になった。いっそのこと彼女と二人で生涯を終えたいとすら願う。
 そんなことを考えながら電車に乗り、最寄り駅で降りて彼女のいる病院まで歩いて行く。住宅街の中にひっそりと建った病院までの道はとても落ち着いた光景だった。
 様々な記憶が脳内をめぐる。二人でデートをした記憶。そして彼女の微笑み。彼女はこの世界の人間よりずっと僕に対して優しかった。そしてその優しさに慣れるまで時間がかかった。
 彼女は僕と出会った時から自身の死を覚悟していた。そして僕はこうして彼女が死の直前に至るまで彼女の言うことをほとんど話半分に聞いていた。きっと大丈夫だと何度も自分にも彼女にも言い聞かせた。彼女はその度に曖昧な返事をしていた。
 病院に着くと僕は看護師に面会の許可を取り、彼女の病室までエレベーターで昇った。病室のドアを開けるとそこにはやせ細った彼女がいた。彼女はベッドの中に横たわっていた。どうやら立つこともできないらしい。
「どう調子は?」
 僕は仕事が終わると、毎日彼女の病室に会いに行き、話をした。時折彼女の両親とも病室で会った。休日はこうして彼女と過ごす。
「来てくれてありがとう」
 彼女は疲れたようにそう言った。
「今日はクッキーを持ってきたよ」
「ごめんね。あんまり食欲がなくて」
 彼女はそう言って咳き込んだ。そして僕の方を見て涙交じりに笑った。
「君は疲れてるように見えるよ」
「そりゃあもうじきこの世界から消えるからね」
「でもそんな風には見えないよ」
 僕がそう言うと彼女は押し黙りそしてベッドの中で僕に囁いた。
「ねえ。もうじき私は死ぬ人間よ。そんな風に取り繕わなくていいの。いっそのこと何を言ったって構わないわ。私はただあなたと死ぬまでこうやって過ごせることに満足しているのよ。幸福な人生だって思えるわ」
「僕は未来のことは考えないんだよ。君が生きている間は一緒に寄り添っていたい。それだけなんだ。君はいつもそんな感じだからさ」
「私は君に会えて幸せだった。だからね、もうじき死ぬことに後悔はないの。君と出会った時からこうなる運命だって知っていたから。私はね、君と一緒に幸せな家庭を築いて、それでもっと長く生きたかった。でも今はもう十分なの」
「僕は君がいなくなってしまうことだけが悲しいな。だって君は誰よりも僕に優しくしてくれた。時にそれは愛だとすら思ったんだ」
「私はそうやって生きるしかなかったのよ」
 彼女はそう言って笑う。
「いつか二人でどこか遠くへ旅行に行きたかった。それで綺麗なお花畑を見て笑いあっていたかった。それで隣には私達の子供がいたらもっと幸せね」
 彼女は目を閉じた。僕は泣いていた。
 なぜなら彼女がもうじき死ぬことがわかっていたからだ。なんだかそこにいることが耐えきれなくなって僕は病室を後にした。
 彼女の背後に死を見たのだ。まさしくそれは彼女を今にも捕まえようとしていた。
 僕は黙って病室を後にした。他に何を伝えればいいかもわからなかった。
 帰り道、僕はただ泣いていた。涙が頬を伝って流れていく。空は真っ青でいつの間にか夕暮れだった。
 周りの人の目も気にならない。僕はただ彼女のことを考え続けた。
 家に着き、そしてその日の夜、彼女が死んだことを電話で伝えられた。
 彼女の魂が天国へと浮遊していく光景が脳裏をよぎる。そしていつかまた二人でどこかで出会えたらいいなと思った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン