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本宮晃樹さん

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風乗り日和

18/05/12 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:144

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「みんな、準備はいい?」引率の女教師は子どもたちの顔をぐるりと見渡した。「〈巨人たちの遺跡〉まで数メートルもの大旅行。わくわくするね」
 子どもたちはむろんわくわくした。なにせ初めての社会見学である。めいめいが口々に興奮を表明し、彼らの棲家である〈ハニータウン〉の外縁からいまにも飛び出さんとする勢い。二、三人のせっかちな子たちは早くも気流をとらえ、ふらふらと宙へさまよい出ている。
 女教師のホイッスルが鋭く鳴った。「ほら、勝手にいっちゃだめでしょ!」
 それも無理はなかろう。〈ハニータウン〉の縁、その先に広がる途方もない青空がはるかかなたまで続いており、靄にけぶるその向こうには〈巨人たちの遺跡〉が傲然と天を衝いているのだ。
「いいみんな、先生についてきてね。絶対離れちゃだめ」教師はしんがりを務める副担任にうなずいてみせた。二人の大人が夢見がちなガキどもを挟み込み、取りこぼしを防ぐ戦法だ。「ほら、みんな気流に乗って」
 まずは先頭の教師が縁から一歩踏み出す。その先には彼女の質量――数ナノグラム程度――を捕まえておく核力は存在しない。が、そよ風は優しく教師をとらえた。彼女は海藻のようにふわりと浮き、ぐんぐん遠ざかっていく。
 あとはもう雪崩のようなものだ。子どもたちがわれ先にとダイヴし、金切り声が尾を引きながら〈ハニータウン〉外縁にこだました。最後の一人がおっかなびっくり風に乗ったのを見届けてから、しんがりの副担任もその流れに追随した。

     *     *     *

 目の回るような風乗りののち、彼らは〈巨人たちの遺跡〉に辿りついた。それらの途方もないサイズときたら! 子どもたちは口を半開きにして首を後ろに倒していき、あることに気づいた。これ以上曲がらないにもかかわらず遺跡の最上部が見切れている!
「すげえなあ」クラスのガキ大将がつぶやいた。
「俺、ちびっちゃったよ」お調子者がぺろりと舌を出した。「ほんのちょっとだけだぜ、言っとくけど」
 この二人が発言したが最後、教師たちが連中の統制を取り戻すのはまず不可能になる。加えて眼前に屹立する遺跡があるのだ。高まる興奮の渦。
「みんな、静かに!」宙に漂いながら喉も裂けよとばかりに教師。「わたしについてきて」
〈巨人たちの遺跡〉は風の終着点である。気流はビル風となって乱立する遺跡の合間を吹き抜ける。風はあくまで優しく、一行をのんびりと運んでいく。
「ねえ先生。巨人たちはどこにいっちゃったの?」好奇心旺盛な女の子が尋ねた。「あたし会ってみたいな」
「ばっかだなあ、巨人はみんな死んじゃったんだぜ」ガキ大将が割り込んだ。「父ちゃんが言ってた」
「先生、巨人はぼくたちのご先祖というのは本当ですか?」がり勉くんがさっと挙手をする。
「え、本当かよ」お調子者が大げさに驚いてみせた。「二メートル近くもあったって聞いたけど、そんなお化けが――」
「みんな静かに!」彼女は喉をつぶす覚悟を決めた。「説明するから」
 生徒たちは遠隔操作されているかのように一糸乱れぬタイミングで静まった。ちょうど遺跡の中心部、風の吹き溜まりに着いたので、一席ぶつにはおあつらえ向きでもある。
「巨人たちはいます」教師はゆっくりと頭上を指さした。「あそこに」
 生徒たちは言葉を失った。彼ら一人ひとりが百の疑問を持ち、それらがいっせいに噴出する。いっぽう教師は薄く目を閉じてわずかにほほえんでいるだけ。
 やがて質問の嵐も止んだ。答えの得られない問いかけを長く続けられるほどガキどもは辛抱強くないのだ。
「巨人たちはわたしたちを見捨ててお空の向こうに昇っていきました。彼らは逃げたのね。だから忘れなきゃならない。わたしたちはわたしたちで、彼らは彼ら。ご先祖さまにはちがいないけどね」
 教師の厳かなようすに生徒たちは気後れしてしまい、なおも百の――千の、万の、もしかしたらそれ以上の――疑問を新たにこしらえたにもかかわらず、それをぶつけるのは見送った。
「これで社会見学は終わりです。帰ろうみんな。あたしたちの〈ハニータウン〉へ」
 再びビル風が吹き始め、一行は弾丸みたいに飛ばされていく。副担任は取りこぼしがないか目を光らせ、先導役の教師は適切な風に乗っているか絶えず気を張っている。額に汗がきらりと光った。
 耳を聾する風のなか、ガキ大将が口をすぼめてがり勉くんに問いかけた。「なあ、先生の話わかったかよ」
「ううん」不本意そうに首を振る。
「お前にもわからないこと、あるんだな」
「そりゃあるよ」
 沈黙。風の音が小さくなってきた。〈ハニータウン〉が近いのだ。
「でもそれでいいんじゃないかな。ぼくたちはぼくたち、巨人たちは巨人たち。触れ合うことはないけど、精いっぱい生きてるんだから」
 ガキ大将は破顔した。「そうなんだろうな、きっと」


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