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はやかわさん

大学院生です。

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太陽の光のように

18/05/06 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 はやかわ 閲覧数:61

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 俺は空から雨を降らせたことがある。俺は地球を自転させている。俺は大地の草木を自由に操っている。俺はそう思っていた。
 俺は病室のベッドに括り付けられていて、自由に動くことができない。
 こうなったのは二度目だった。それでも俺が考えたことは全てが妄想だったのだろうかと自分で疑ってしまう。
「早川さん。調子はどうですか?」
 看護師の村上さんが無様な俺の元へとやってくる。彼女は髪を明るく茶色に染めていて、肌は少し色黒で、身長は少し高くて細身で、顔はどこか愛嬌があって、多くの人が好意を寄せそうに見える。
「気分は悪くないです」
 俺はそう言ったが、もう全てに疲れ切っていた。頭の中で際限なく思考が浮かぶのだ。それがなにより耐え難かった。
「病気の時は大変だったみたいですね。お薬の時間ですが、少しだけでもお話を聞きましょうか?」
「俺は正気なんだ。早くこの拘束を解いてくれ。俺は自由になるんだ。空を飛ぶことだってできる」
 俺はそう言ったが、村上さんはただ微笑んでいるだけだ。その笑顔は表面的でその奥にどんな感情があるのかはわからない。
「とりあえずお薬飲みましょう」
 村上さんは優しい声で俺にそう言う。
 なんとなく幼稚園児のように扱われているみたいだった。俺はただの頭がおかしいやつだと思われているのだろう。もう何もかもがわけがわからない。ここはどこで、今がいつなのか、俺は誰なのか、そんなことばかり考えてしまう。狂っているのは俺か。世界か。俺から見れば世界は俺自身でしかないのだ。
「これは俺の世界なんだよ」
 村上さんに俺は強い語気でそう言った。
「俺の世界? それはいったいどういうことですか?」
「お前らには理解できないだろう。俺はこの世界を支配しているんだ。なぜなら俺が世界の中心だからだ」
 俺はつい大学生みたいなことを言ったことを後悔した。口にした後、少し恥ずかしくなる。
 しかも村上さんは俺より数年、年下だった。それでいかにも仕事ができそうだった。
「早川さんの言うことは、難しくて私にはよくわからないです」
「なんで理解してくれないんだ?」
 俺は暴れまわって逃げ出そうとしたが、拘束されてできなかった。体を闇雲に動かしても本当に少しだけしか動かない。腰がベッドから少し浮くくらいだ。
「とにかく、お薬飲めますか?」
「こんなもの、飲めるわけないだろ」
 村上さんは俺の口に錠剤を入れたが、俺は口に入れられた錠剤をすぐに吐き出した。
「わかりました。明日担当の先生と相談してみます」
 村上さんはそう言って病室の外に出ていった。何やら他の看護師と話し合っているみたいだ。
 早くここから出してほしい。それだけが俺の願望だ。俺は狂っていることを自覚している。同時に普通の人のように村上さんに好意を抱いていたりする。女とは不思議な生き物だとその時考えた。何が不思議って、ああやって表面的には優しく振舞うのに心の中では嫌がっているように見える。それが伝わってくるのだ。そして俺はいつもそういう女に好意を抱いていた。

 病室の窓から、目が覚めると強い光が射しこんでいた。無限の太陽の光が大地に降り注ぐ。眩い光が永遠と輝き続ける。アスファルトの道路を照らし、川を照らし、その先は宇宙の彼方まで続いているのだろう。
 眩しい朝がやってきて、朝食の時間が始まった。しばらくすると村上さんが俺に朝食を運んできた。
「おはようございます」
 村上さんは元気な声で俺に挨拶をする。その声はいかにも人生を上手くやり過ごしてきたように見える。
「おはようございます。村上さん。昨日はよく眠れました。俺の病気はすっかりよくなったみたいです」
「本当ですか? 私にはまだ大丈夫には見えないですけど」
 村上さんはやけに悲しそうにそう言った。
「俺は狂っていません。狂っていません」
「今日は先生の問診があるので」
「わかりました。すっかりよくなった俺を見せればいいんですね」
「そうですね」
 村上さんは戸惑っているように見えた。口に笑みを浮かべているけれど、それが自然じゃない。
 俺はそれでなんだか恥ずかしくなった。俺の方が年上だということと、今のこの状態で劣等感を抱いていた。
 俺はもう三十歳になろうとしていて、村上さんの年上だ。そんなことばかりを考える。
 俺は朝食を食べている時に、重力について考えた。もし重力がなくなれば全てのものはどこかへはじけて飛んで行ってしまうだろう。俺は朝食を咀嚼しながら目を閉じた。俺は宇宙空間に浮遊していた。そして自由にどこまでも朝の光のように突き進むことができた。これが、俺の望んでいた世界だと、その時思った。


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