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文月めぐさん

第144回時空モノガタリ文学賞【事件】にて、入賞をいただきました!拙い文章ではありますがよろしくお願いします。コメントもできるだけ書いていこうと思います。Twitter→@FuDuKi_MeGu

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる。

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コーヒーフロートの君

18/05/03 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:2件 文月めぐ 閲覧数:258

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 祐介、と名前を呼ばれてびくっとした。喫茶店でバイトを始めて三か月、知り合いがやって来ることはなかった。だけどこの店は地元では有名だから、誰かに会うことはやはり避けられない。
 声の主の純とは高校が同じだった。大学は東京だったが就職して地元に戻ったのか。
 ぴしりとスーツを着こなし、手には大きな鞄を提げている。俺は注文を取るため彼のもとに向かった。
 「お前ここで働いてんの?」
 水の入ったグラスを置くと同時に、薄ら笑いを浮かべる純。
 「うん、就職決まらなくて」
 かぶっていた帽子を少し下げた。情けない表情は見られたくなかった。
 「純は何の仕事?」
 気まずい空気を拭うように質問を投げかけると、純はスーツの襟を引っ張った。
 ついていたのは大手生命保険会社のロゴのピンバッチだった。
 「ここで営業」
 暑い中歩きまわって大変だ、と汗を拭く純の表情はどこか誇らしげだった。
 高校生の頃から何でもうまくこなすことができていた純をとてもうらやましく思っていた。きっと営業もうまくやっているはずだ。
 「おすすめ何?」
 純がメニューを広げながら訊ねてきた。この質問に俺は悩んでしまった。店としてはブレンドコーヒーがおすすめだけど、今の純に飲んでほしいものは違う。
 「コーヒーフロート、かな」
 暑い外を歩き回って、疲れているときにはうってつけ。純は「じゃあそれ」と言って鞄からスマホを取り出し眺めだした。
 「ごちそうさん」と言って会計を終えた純が出ていったあと、テーブルを見て衝撃を受けた。彼はコーヒーフロートを半分近く残しており、浮かんでいたバニラアイスは丸いままグラスの中を漂っていた。
 純は仕事のできるやつだ。一方の俺はバイト生活を続けている。今日は純との差を見せつけられてしまった。
 グラスの中で浮かんだ不安定なバニラアイスはまるで俺のようだった。

 上司と衝突し、保険会社を辞めて三年が経った。あれから様々な仕事に就くがどれも長続きせず、今の家具販売の仕事も辞めたい。俺は何をやっても長続きしないし、特にやりたいこともない。
 毎日仕事から帰るときに通りかかる喫茶店。三年前、俺はここでたまたま祐介に会い大学を卒業しても正社員に就けなかった彼を見下した。そのことを俺は後悔し続けている。
 やっぱり彼に謝るべきだろう。今更と思われるかもしれないし、もう祐介は俺の顔なんて見たくないだろう。でもそれでは俺の気が静まりそうになかった。結局は自分のために謝るのだということは分かっていた。
 祐介は三年前と同じ喫茶店を指定してきた。昔のことを根に持っていると確信したが、ここで引き下がってどうする。
 店に入るとすでに祐介は席に着いていた。軽く手を挙げて挨拶して、俺も祐介の向かいに座る。祐介が店員を呼び、コーヒーフロートを二つ注文した。ああ、祐介は怒っている。コーヒーフロートは俺に対する復讐に違いない。
 「話って何?」笑みを浮かべながら訊ねられる。今にも怒鳴りたいに違いない。
 「三年前、あれは俺が悪かった……ごめん」
 謝ると同時に頭を下げる。祐介は許してくれるだろうか。文句の一つや二つ言われるのはもちろん覚悟している。だが聞こえてきたのは、くすっという控えめな笑い声。
 「そうそう、純ってば俺が薦めたコーヒーフロート、全然飲んでくれなくてさ」
 俺はきょとんとしてしまった。どうやら話がかみ合っていないようだ。
 「だから今日は絶対飲んでもらおうと思って」自家製のバニラアイス、自慢なんだ、という説明を聞いていると、店員が二つのグラスを運んできた。
 「コーヒー飲めるでしょ?」という祐介の質問にうなずく。三年前俺はコーヒーフロートを初めて目の前にして、飲み方を知らないことに焦った。だってコーヒーをすすっただけではアイスが残ってしまうじゃないか。だけどかっこ悪い姿を祐介に見せたくなくて聞くことはできなかった。
 「純、アイスを崩さずにコーヒーだけ飲んだでしょ。そういう飲み方ももちろんありだけど、俺が薦めるのはこう」
 そう言って祐介はストローでアイスを少し崩した。そしてシロップを注ぐ。
 はいどうぞと差し出されたコーヒーフロートは見事にコーヒーとアイスが調和していた。祐介が言ったようにコーヒーだけじゃなくて、バニラアイスも風味がしっかりとしていておいしい。
 「前に純から営業してるって聞いて、悔しかったんだよね。仕事も人間関係もうまく行ってるんだろうなって嫉妬した。でもおかげで俺も仕事頑張ろうって思って、ここに勤めて三年なんだ」
 頑張ってるだろ、と静かに笑みを浮かべる祐介。俺は祐介が思っているほど完璧な人間じゃない。俺は未来の行き先も定まらず、ふわふわと漂っているだけだ。バニラアイスが混ざったコーヒーは濁ってしまい、先が全く見えなくなった。


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このストーリーに関するコメント

18/05/03 いっき

ふわふわと漂うように生きている……そんな不安定な年頃とコーヒーフロートが美しくマッチした作品でした。一時期は立場の違った二人の友情も素敵でした。

18/05/04 アシタバ

拝読しました。社会人として働きだした人は色々と共感するところも多い作品ですね。読み終わりには、この二人の未来が明るくなるよう祈るばかりです。

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