W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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18/05/01 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:161

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 五々郎はふだんから、どこか浮いたところがあった。なにをやっても長続きせず、転職をくりかえし、親からも、いいかげん定職につけと、顔をあわせれば小言がとんだ。
 五々郎じしん、いつまでもこんなふらふらした生き方はしたくなかった。しかし、地に足をつけようとするときまって奇妙にふわふわした感覚が彼をとらえるのだった。
 もしかしたら俺には、地球の引力がうまれつき希薄なのかもしれない。そのためどうにも、どっしりした生き方ができないのではないのか。このまま体が宙に浮かんでいき、あてもなく漂いだしたらどうしょう。そのときは体に上部な糸でもつけて、誰かにつなぎとめておいてもらおうか。
 その糸のさきをもってもらう相手は、親でも兄弟でもなく、やっぱり佳代ちゃんがいい。佳代ちゃんというのは彼の恋人だった。根無し草のような毎日を送っていながら、よく彼女がと、だれもが不思議に思うだろうが、その佳代ちゃんもまた彼同様、ふわふわした生活をしているひとりだったのだ。
「というわけで佳代ちゃん、俺が空にまいあがったら、よろしく糸をつかんでいてくれよ」
 と五々郎は、休日の公園に佳代ちゃんをよびだして、たのみこんだ。
「でももしあたしのほうがさきに地から足が離れたら、そのときは五々郎さんが、あたしの糸をもってくれるわね」
「もちろんだ。すいすいと糸をたぐって、天高く佳代ちゃんを飛ばしてやるよ」
「それじゃ本物の凧じゃないの」
 その佳代ちゃんの顔がふと、不安に曇った。
「もしよ、二人どうじに地面をはなれたら、どうしたらいいのかしら」
「そのときはおたがいを糸でむすびつけて、いつまでも離れないようにすればいい」
「だけど……」
「どうした」
「いつもいっしょにいるわけじゃないから、いつどちらが浮かびだすのか、わからない」
「それじゃいまから、糸でつないでおくか」
「それだと、ふだんの行動に不自由するわ」
「男と女は生まれたときから、赤い糸で結ばれてるっていうけど」 
 二人がやりとりしているとき、むこうのベンチで突然、悲鳴があがった。さっきからそこにはやはり恋人らしい男女がすわって、同じようになかよく言葉をかわしていたのだった。女性のほうが、いきなりふわりと宙にまいあがった。あわてた男性が彼女の腕をつかむも、女性は腰を上にしてなおも、あがりつづける。はなすまいとにぎりしめる男の手を、ふりきるようにして女性は、みるみる何メートルもうえにあがっていった。公園にいた連中があつまってきて、そばの滑り台にあがったり、木によじのぼったりするものの、そのときには女性はとおく離れた空中にまであがってしまっていた。
「あれをみてごらん。あそこまであがってしまったら、なにをしても手遅れだ。最初から糸をつけていたら、あんなことにはならなかったにちがいない」
「世間にも、あたしたちのようなひとたちが、いるみたいね」
「そりゃいるとおもうよ。ともすれば、ういてしまいそうな人々は」
「五々郎さん」
「なんだい、あらたまって」
「同棲の件、わたしOKするわ」
「ほんとうかい」
「いつもいっしょにいるには、それ以外にないもの」
「それじゃ、きょうからでも、俺のマンションに」
「いいわ。だけど、いちおうは両親に断ってからにしたいの」
 そんなわけで五々郎は、いっしょに彼女の住まいについていくことにした。
 食堂を営む彼女の両親は、娘から話をきくと、
「こんな娘ですが、よろしくお願いします」
 父と母は五々郎に、ふかぶかと頭をさげた。
「よかったわね」
 彼女はうれしさのあまり目に涙をにじませた。
「これでもう、二人はいつもいっしょだ」
 うれしさのあまり、五々郎はとびあがってよろこんだが、そのまま体は着地することなく空にむかってあがりはじめた。
「五々郎さん」
 こんなこともあろうかと、かくしもっていた糸を、すばやく彼の革バンドにとおした佳代ちゃんは、尻餅をついて落下しながらも、彼をつなぎとめた糸の端は死んでもはなすまいと意気込んだ。
「だいじょうぶよ」
 その彼女の声をはるか下にきいた五々郎は、苦渋におもわず顔をしかめた。地上にいたとき、浮遊は恐怖の対象だった。ところが、重力の桎梏からときはなたれて、空にまいあがる自由な感覚をひとたび味わったらさいご、これまで地上にべったりとはりつくようにして生きていたじぶんが、みじめでおろかな虫のようにおもえた。今になって目が覚める思いだった。その彼をつなぎとめている糸からつたわる重力はまるで地球の執拗ないやらしさと、一銭でも税金をしぼりとらずにはおかない貪欲さをあらわしているようで、これ以上不快なものもなかった。
「その糸を、はなしてくれ」
 いくらわめいても、地上で一心不乱に糸をたぐりよせようとしている彼女には、まったく聞こえた様子はなかった。



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