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腹時計さん

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主婦の達人

18/04/29 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:2件 腹時計 閲覧数:172

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「離婚して。心当たりはあるでしょう?」
 
 夫の顔は見物だった。ああ、これだけでなんだか胸がすっとする。ぽかんと口を開き、瞬きを繰り返したあと、ようやく私の言ったことを理解して顔を真っ白にした。
「な、なんで、え、俺、え、なに、え、え?」
 私はテーブルに肘をついて夫にほほえみかけた。イタリア製の丸みを帯びたテーブル。クリーム色の大理石が心地よい冷たさを伝えてくれる。私が一目惚れして輸入家具店で購入したものだ。買うまでに十回ぐらい店に足を運んでじっくり冷静に考えたこともあるが、どうしてもあきらめきれずに結婚前の貯金をはたいた。店に行くたびにこのテーブルを一時間でも二時間でも眺めていたものだ。店長にもすっかり顔を覚えられてしまったぐらいに。
 このテーブルは六人掛け。友達が来て一緒に食事するときは狭いぐらいのテーブルだったが、夫婦二人には少し広すぎる。
「日本語でお願いね。深呼吸でもすれば?」
「あの、由香、なんか勘違いしてるんだよ。俺はなにも」
「寝言でさよこって言ってたわ」
 嘘だった。けれどそれだけで十分だったらしい。次の瞬間、夫の身体は床に這っていた。
「一回だけなんだ! ほんとにごめん! すみませんでした!」
 一回だけではないことは知っている。夫が心の底から反省しているかどうかは知らないし、どうでもよかった。
「今白状したら慰謝料少なくしてあげる。もう調べはついてるの。正直に言ったほうがいいと思うなあ」
 泣きじゃくる子どもを諭すように言えば、夫が顔を上げた。しばらく目が泳ぐ。
「……に、二ヶ月、前から。でも、ほんとに、好きなのはお前なんだ」
 私は肩口までの短い黒髪に指を絡めた。
「ねえ、茶髪の、長い髪の、若い女の子。私が手芸教室に行っている間に家にいらっしゃってたんでしょ?」
「ちゃ、茶髪って、なんで」
 なぜばれたのだろう、と夫は思っているだろう。そんなこと簡単なのに。私はいつ夫が女を連れ込んだかはっきり認識していた。はじめから。
「ごめん……」
 私は機械的なほほえみを浮かべて再び言った。
「じゃあ、離婚してね。この家とテーブルはもらうわ。共同財産も半分してちょうだい」
 夫は力なく頷いて椅子にのろのろと座り直した。

 離婚届を記入し終え、慰謝料をはじめ具体的な財産の話をまとめたころにはすでに夜十時を回っていた。夫はもうここにはいられないなどと言って玄関に向かった。振り返りざまに彼は尋ねた。
「どうしてわかったの……?」
 何が、とは聞かなかった。
「あなたは完璧にゴミ処理したつもりなんでしょうけど、そんなの、普段からゴミ捨ても家事もしないあなたと私とでは、技術が違うのよ」
 夫は女の痕跡をかなりうまく消していた。女と一緒にいたときに出たゴミはもちろん、口紅の痕ひとつ残していなかった。ちょっと世間知らずで抜けている夫にしては頑張ったと思う。けれど、風呂場の排水溝だけは忘れていたようだ。私は毎日掃除していた。夫は家事は一切しなかった。自分の靴下の収納場所さえ知らないかもしれない。
 初めて発見したときはその場で泣いた。その後も茶色の長い髪が網にみっともなく絡まっているのを見るたびに、気になって夜しか眠れなかったほどだ。

 夫は静かに家を出て行った。丸い背中が駅へ向かうのを窓から見送る。おそらくあの女の家にでも泊まるのだろう。
 夫がいなくなった部屋は広く、テーブルだけ豪華な部屋はむなしい。
 私はスマホを取り出した。
 
 十分ほどして、玄関で物音がした。私の唇は自然と弧を描く。今日は開放感もあってか、ひときわ胸が高鳴った。
 不意に抱きしめられる。暖かな頬がぶつかった。
「おめでとう。慰謝料、がっぽり取ろうね」
 私は首に回された腕に手を絡めて振り返る。見慣れた顔がそこにあった。
「ええ、店長。私、ゴミ処理は得意なの。任せて」
「頼もしいね。さすが主婦」
 何度も通っているうちに親しくなった店長はとても魅力的な男だった。私はゴミ処理が得意だから夫に気づかれることはなかったけれど、夫よりも店長のほうがこのテーブルを使っている。
「あのテーブルも僕たちのものだね。ずっと惜しかったんだ。ぼくも気に入ってたからさ」
 店長はいたずらっぽく笑う。若々しいはりのある肌に口づけた。
「あなたの趣味は最高だわ。ね、今度はソファも欲しいわ」
 この家にある家具は、テーブルのほかはすべて安物だ。夫と相談して、テーブル以外は費用を抑えたのだ。
 店長は私の首筋をなぞりながら言った。
「もちろん。安いゴミは捨てよう」
 
 夢のような部屋が手に入る。ついでに店長も。彼は輸入家具店をいくつも経営している。私はずっと欲しかったのだ。お金と、いい家と、いい家具と、若い男が。
 この男が不要になれば、またゴミ処理すればいい話。


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このストーリーに関するコメント

18/04/30 文月めぐ

拝読いたしました。
女性の恐ろしさを感じました。
様々な「ゴミ」が出てきておもしろかったです。

18/04/30 腹時計

文月めぐ様

お読みいただきありがとうございます。感激です。
腹黒い女性が大好きなので、自分でも書いてみました。

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