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入江弥彦さん

入江です。狐がすきです。コンコン。 Twitter:@ir__yahiko

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咲かない彼女

18/04/24 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:4件 入江弥彦 閲覧数:330

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 今、彼女はなんと言っただろうか。
 うるさい鼓動を服の上から押さえつけて、もう一度行ってくれとジェスチャーで示す。言葉が上手く出なかった。
「種を植えたのよ、トオルくん」
 キリコはそんな僕の様子を予想通りだとでもいうように、ゆっくりと口角をあげた。この作り物みたいに綺麗な笑顔に僕は惚れたはずなのに、今は何よりも憎らしく思える。
「……いつ」
 絞り出された声がかろうじて空気を震わす。
「三日前」
 なんてこった、もう三日。残された時間は、あと四日。
 一気に冷たくなった僕の手を彼女が握る。そういえば、最近は氷のように冷たかったっけ。三日前に種を植えたというのならそれも納得がいく。冷え性なのよね、なんて嘘の上手な彼女にすっかり騙された。
「なんで、一言相談してくれなかったんだ」
「政府からの決定だもん」
 でも、それでも、もしかしたら、何か方法が。
 言葉をうまく選べずにいると、キリコが立ち上がって僕の手を引く。つられてベンチから腰を上げると、人目もはばからず思い切り抱き着いてきた。
「私、嫌じゃないよ」
「嘘だ」
「どうだろう」
 最近の高校生は大胆ね、なんていうおばさんたちの声が聞こえたが、僕は今それどころじゃない。
「ねえ、喉が渇いちゃった」
「飲むなよ、水」
「枯れちゃうよ」
 枯れていいんだよ。枯れていいから。
 小さく首を振る僕の頬に、キリコが両手を添える。
 まっすぐ僕を見上げる彼女の瞳にはどこか悲しそうな色が揺れていた。
「ねえ、四日間、学校サボっちゃおうよ」
「友達はいいのか?」
「私はトオルくんと過ごしたいの」
「行きたいところとか、ある?」
「植物園!」
「……趣味、悪いよ」
 ふざけているのか本気なのか、彼女の提案にそう返すのが限界だった。
 種を植えたというのはどうやら本当のことのようで、彼女はよく水を飲むようになった。喉が渇くと見るからに顔色が悪くなったし、どんなに手を繋いでいても温かくはならない髪の先が少し緑がかってきたような気がする。
 展示されている植物は、今じゃもう見られない希少な花ばかりで、キリコは目を輝かせながらひとつひとつ説明してくれた。夢のない僕とは違って彼女は将来、植物の研究者になりたい言っていた。贔屓目かもしれないけれど、今でも十分研究者のようだ。
「ねえ、特別展示がやってるんだって! 行ってみようよ!」
「特別展示?」
「青年植物展だって!」
 その言葉に、僕は立ち止まる。無意識に、足が止まった。すくんでしまったのかもしれない。ぐびぐびと水を飲んだキルコが、可愛らしくお願いと手を合わせた。
「あ、ああ……」
 実のところ、青年植物を見るのは初めてだった。いつもの公園に植えてある木がそうなのかもしれないが、他のものと見分けがつくわけではない。
 特別展示室に入ると、渋い男に人の声がしんみりと何かを語っている。青年植物の歴史、砂漠化から自然復活までの奇跡のストーリー。
 なにが奇跡だバカらしい。
 花の横にたてられたパネルには、生前の略歴、種を飲んだ年齢などが書かれていて、だいたいの人物像がうかがえる。
「私ね、花を咲かせたいの」
 ひときわ目立つ、赤い花の前に立ちどまったキリコが、そう言ってパネルに顔を近づけた。大学卒業後に化粧品メーカーに就職した二十五歳の女性の木だという。
「わがまま、言っていいかな?」
 パネルから目をそらさずに、キリコが口を開く。
 僕が返事をする前に、彼女は言葉を続けた。
「私をね、ずっと大切にしてほしいの」
「ずっと?」
「うん、植木鉢にいれて、ずっとそばに置いてくれないかな。きっと素敵な花を咲かせて見せるから。大きくなったら、庭に植えてくれていいし」
 涙声でそういう彼女を思わず後ろから抱きしめると、途端に方が震えて、彼女は嗚咽を漏らし始めた。三年の付き合いで泣かせたことはない。泣き方をしるのがこんな時だなんてあんまりだ。
「でもね、あのね、嫌じゃないって言ったのは半分本当なの」
「どうして」
「灰なんてゴミじゃない。それなら、私は美しく咲きたい」
 そんなの、どっちでもいい。どっちでも、キリコがいないことに変わりはない。
 彼女の強がりを肯定するように、何も言わずに腕の力を強める。床に染みを作った涙は、綺麗な緑色をしていた。




 灰なんてゴミじゃない。彼女の言葉がふとよみがえってくる。
 もう何年、緑のままだろうか。
 大きくなった庭の木に火をつける僕を、名も知らぬ誰かが羽交い絞めにした。


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このストーリーに関するコメント

18/04/26 文月めぐ

拝読いたしました。
独特の世界観が気に入りました。
咲かなかったキリコ、火をつけるトオル、どちらの気持ちを考えても心が痛みました。

18/04/30 入江弥彦

文月めぐ様
コメントありがとうございました!
どちらの気持ちも汲んでいただけてうれしいです。ありがとうございます。

18/05/01 待井小雨

拝読させていただきました。
不思議な世界観と優しくうっすらと悲しい二人のやりとりに、今回も短編映画を観ているような心地になりました。
ラストが切ないです。

18/05/06 入江弥彦

待井小雨様
コメントありがとうございました。
短編映画を見ているようだなんて、嬉しいです。ラストは特に気に入っているのでそう言っていただけて安心しました。

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