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みゆみゆさん

「芥川賞を目指して小説を書きたい」と友人に話したところ、まずは2000字をコツコツ書いていくといいよと、「時空モノガタリ」を紹介してもらいました。コツコツやってみます。

性別 女性
将来の夢 健康な一人暮らし
座右の銘 「人は人、自分は自分」

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捨てる

18/04/24 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:2件 みゆみゆ 閲覧数:223

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 半分剥げたマニキュアをすっかり落とすと休日にやることはもうなくなって、電源の入っていないコタツでゴロリと横たわる。つるりとしたアルミ缶のゴミ箱が目の前にあって、よく見ると底のあたりには埃のかたまりがいくつか付いている。起き上がり、ゴミ袋を取り出して中を覗いてみると、内側の底にも細かい屑ゴミや埃がけっこうあったので、ウエットティッシュでそれらを拭き取り、空のゴミ箱を風呂場で洗った。
 タオルでざっと水滴をとり、日の当たる場所で逆さまに立て掛けると、思いのほか気分が良くなった。レースのカーテンからあふれる春の日差しの明るさに、やっとこの部屋が少しだけ追いついたような気がした。
 新品にも見える、すっかり乾いたゴミ箱に新しいゴミ袋をセットすると、これからはゴミを減らそうという気持ちになり、一番多いティッシュのゴミだけは小さなビニール袋に別に入れることにした。居間でも台所でも洗面台でも、ティッシュのゴミをその袋に入れていたら、翌日の午前中にはすっかりパンパンになり、口を縛ると立派な緩衝材になった。何か荷物を送るときに、一緒に詰めればきっと役に立つだろう。
 昨日よりも更に満足した気持ちになり、ちゃんとベッドで昼寝をした。そして目覚めると、緩衝材の袋は破れていた。ティッシュは寝室の床のあちこちに散らばっている。しばらく眺めているうちに喉が渇いてきた。寝室の襖を開けると、ティッシュはコタツの周りにも散乱している。冷蔵庫に向かう私を、犬が離れたところから見つめているのが分かる。怒られるのを心配しているのなら無用だ。私は怒らないし、そもそも相手をする気も起きない。
 この冷えた麦茶の方が、よほど私には関心があるねと言わんばかりにゴクゴクと飲み干す。冷たさと香ばしさが寝起きの喉に心地良い。散らばったティッシュはそのままに、二杯目の麦茶を入れたコップを持ってコタツに座る。今日もあたたかい。私に怒られないと分かったのか、犬はコタツ布団の匂いを嗅いだり、前脚で引っかいたりしている。私は熱い湯吞みを持つように、麦茶をちびちびと飲んでいた。テレビは見たくない。もう一度眠れそうにもない。少年野球のカーンというヒット音が、小さく聞こえてくる。散歩をねだらなくなった犬は布団の匂いを嗅ぐのをやめて、ヒョイと私の膝の上に乗ってきた。私の口元に鼻先をチョイチョイとつけてから、腹ばいに寝そべる重みがどうにも鬱陶しくてたまらない。
 私は次の土曜日にこの犬を捨てる。それはもう決めた事で、申し訳ないという言葉すら浮かばなかった。
 そうして次の土曜日の、約束通り午前十時に男はやってきた。
 淡いピンクのトップス。七分丈のボトムス。見慣れた顔の男は、見たことのない服を着て立っていた。呼び鈴が鳴る前から待ち構えていた犬は、飛びつかんばかりに興奮している。部屋に上がる気は無いらしい男の両足は、やはり見たことのないスニーカーを履いていた。
 二週間前に別れた男は、「ごめんなあ」と笑顔で犬を抱き上げた。いよいよ高速でフル回転する尻尾。撫でさする男の手。今日まで幾通りもシミュレーションしてきて、結局何の言葉も出てこない。
 男はつぶやくように「じゃあ」とだけ言って、引き取りにきた犬を抱えて出ていった。「おかえり」も「いらっしゃい」も無い訪問だった。
 部屋に戻り、コタツに座ろうとして立ち上がり、麦茶を取りに行く。冷蔵庫のそばに紙袋があった。玄関に置いておくのを忘れていた。ドッグフード、おやつ、おもちゃ、リード、ペットシート。お気に入りばかりが詰まった紙袋だけれど、追いかけて走りたくはなかった。カラカラの喉に麦茶を流し込み、トイレへ行き、スッキリするはずがなぜかフラフラとめまいがしてくる。紙袋の前に座り、ペットシートを一枚取り出した。ゆらゆらと歩いてコタツに戻る。今週の休日も、よく晴れた陽光が眩しい。恵みのつもりで差し込むその暖かさが、私の身体を押し倒すように重く沈ませる。逃げるように襖を開けて寝室へ入った。遮光性の強いカーテンの閉まった寝室は昼間でも薄暗い。枕の上にペットシートを敷いてベッドに潜り込む。ようやく一人になった。そう思ったとたん、涙がどんどん流れてくる。頬に太くつたうその涙だけが、自分に与えられた温もりだと感じた。息が苦しい。こめかみが痛い。ペットシートに甘えるように顔をつける。涙で滲む視界にカーテンだけがしっかりと映る。
 ペットシートを口の中に入れていく。異質な感触にますます涙が突き出てくる。
 駅からは遠いけれど犬が飼える。それを決め手に二人で住み始めた部屋だった。
 うう、と小さく唸ってから、愛犬の名を叫びたいだけ叫び続けた。


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このストーリーに関するコメント

18/04/25 文月めぐ

拝読いたしました。
愛犬に対して冷たい態度を取りながらも、本当は手放したくなかったのですね。悲しさが伝わってきました。
【ゴミ】というテーマではなかなか思い付かない題材だと思いました。

18/04/29 みゆみゆ

生まれて初めて書きました。評価、コメントしていただきありがとうございます。

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