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虹子さん

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薄暗い集積場にて

18/04/20 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 虹子 閲覧数:106

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 月曜日。燃えるゴミの日。
 ごみ出しにでると、集積場にはすでに、ごみ袋がひとつ置かれていた。
 その透明のごみ袋は昨夜降った雨で濡れている。夜のうちに出されたのだろうか。
 冬の早朝、住宅地はまだ眠りの中にいるようにひっそりとしている。点滅する街灯の下、薄暗い集積場には私しかいない。
 自分の持っていたごみを置き、何気なく隣にあるごみ袋を見ると、その中に、ぼんやり明るい薄だいだい色が見えた。
 かがんでよく見てみるとそれは人の形をしている。
 ごみの中で斜めになり、こちらに見えているのは背中側のようだ。
 私はハッとして、急いできつく縛られた袋の結び目をほどく。冷えて上手く動かない指先に力をこめてなんとか取り出すと、それは三十センチほどの赤ちゃんだった。
「まぁ! おいで」 
 濡れた手を自分の服で交互にふいて抱き、懐に入れて連れ帰った。

「寒かったよね、お風呂に入ろうか」
 台所の流し台に桶をおいて湯を張り、ガーゼも用意した。以前妊娠した時に揃えておいた赤ちゃんを迎えるための準備物が役立つ日がくるなんて思ってもいなかった。
「気持ちいいねぇ、ななちゃん」
 ななちゃん、この名も生まれてくるはずだった赤ちゃんに用意していたものだった。ガーゼで体を洗ってやりながらしぜんと口をついて出ていた。
「ななちゃんのおてて、小さくてかわいい。そうだ、お風呂から上がったらおっぱい飲もうね」
 ななちゃんはおっぱいを上手く吸えなくて、長いこと苦戦した。昨夜冷たい袋の中、裸で過ごしたから風邪でもひいてしまったのだろう。
 押入れの奥から引っ張り出してきたおむつも服も、どれもななちゃんには大きすぎたので、とりあえずタオルでくるみ、さらに毛布で巻いてソファに寝かせた。その横で、すっかり忘れていた自分の朝食をとった。私が食べている間じゅうななちゃんはじっとこちらを見ていた。
「こういうときパパが抱いておいてくれたらいいのだけれど。ごめんね、パパ、今日も帰っていないの」
 夫はここ数年、帰らない日が増えていた。不妊治療の末やっと授かった赤ちゃんを死産した私を見捨てるように、よそに女をつくったのだ。
 しかし、ななちゃんがかえってきてくれたことを知れば、もしかしたら、という期待が心のどこかにうまれていた。
 
 ななちゃんと一緒だといつものショッピングモールが違って見えた。授乳室に入ったのも、キャラクターが付いたカートを使ったのも初めてだった。トイレに行ってもカートごと入られる広い個室の存在のありがたさに気が付いた。
 ななちゃんはよく笑いご機嫌で、店員さんに抱っこされても泣かずに私が買い物をするのを待っていてくれた。必要なものだけを買いに行くつもりが、おもちゃや、可愛い服をついつい買いすぎてしまった。でも自分の物を買うよりかなり幸福なお金の使い方だと感じていた。
 家に帰って早速ななちゃんに服を着せおもちゃを与えてから、なんとかすぐに家事をすませてしまわねばと考えていると、久しぶりに夫が帰ってきた。
「あら、おかえりなさい。ちょうどよかった。あなた、ななちゃんを抱いておいてくれない」
「は?」
「私今からご飯作るから」
「何?」
「さっと作っちゃうから、少しだけよ、お願い」
「おまえ何言ってんの。この人形、何だよ」
 夫がななちゃんの髪を掴んで持ち上げた。
「ななちゃんっ」
 心臓がばくばくして震えた手でなんとかななちゃんを取り戻した。
「おまえ正気か。そんなもんいつの間に買ってたんだよ」
「買った? あなた、何言ってるの。ななちゃんは私たちのところにかえってきてくれたのよ」
 声も、ななちゃんをなでる手も、ますます震えをましていく。
「かえってきたってなんだよ、気味悪い。なんでそんなもん買うんだよ」
「買ったんじゃないったら! この子は昨日じっと私を待ってくれていたのよ」
「は? どこで」
「そこの集積場で」
「集積場?」
「昨日ごみを出しに行ったとき、そこに、いたのよ」
「えっ、おまえ人ん家のごみ拾ったってことか。他人のごみあさるとか気持ち悪い。今すぐそんなもん捨ててこい」
 夫は私の腕の中からななちゃんを奪うと激しく床にたたきつけた。

 結局夫は愛を知らない人だったのだ。
 
 木曜日。今週二度目の燃えるゴミの日。
 私は台車で運んだごみ袋を集積場に置いた。ごみ袋の中で指輪をはめた薄だいだい色の大きな手が、斜めになっているのが薄暗い中ぽっかり浮いて見えた。

 ななちゃんはだいぶおっぱいを吸えるようになってきた。朝日の中、クラシック音楽をかけて授乳するこの瞬間がたまらなく愛おしい。目を閉じて深呼吸する。と、突然、静かな音楽を引き裂くサイレンの音がきこえてきた。私はななちゃんの小さな耳に手を当てると再び目を閉じ幸福なひとときに身をゆだねた。


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