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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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街のヒーロー

18/04/16 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:110

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 ぼくの父は、大きなトラックでゴミを集めるのが仕事です。
 社長ですがそっせんして現場で働き、街をきれいにするヒーローなのです。

 小学5年の春。あの作文をクラス皆の前で誇らしげに読み上げたアイツは、その日からいじめの対象となった。
 
 *

 店を出ると、薄いカーディガン越しの肩に冷えてけぶった空気が触れた。
 午前5時半。闇を浄化するように空が青くなりつつある。主要路線が集まるこの街を南北に貫く繁華街の端っこが、25歳の私が生きる場所。
 『オカマバーEMUe(えみゅう)』と描かれた立て看板の灯かりを消し、戸口の奥へしまう。大きなゴミ袋みっつを表に出して、仕事は終了。顔を上げると、向こうからゴミ収集車がゆっくりと向かってくるのが見えた。作業員の男がきびきびとした動きで道端のゴミ袋を拾っては投入口に放り込んでいく。
「あずちゃんおつー。あたしタクるけど、乗ってく?」
 背後から声がした。仲間のみるくだ。黄色いワンピースからにゅっと出た足はガニマタ。客がいないからって油断して。
 私は苦笑いし、付け爪に彩られた指に挟んだ煙草を振った。
「一服してくからいい。お疲れ」
 みるくが口紅の落ちかけた唇を引き、すっと通りの先を見やった。
「待ってんだー。カレのこと」
 私が目を細めると、みるくは嬉しそうに笑った。
「知ってんのよ。最近、あのゴミ拾い君と仲良くしてんの。そりゃ煙草でも吸ってタイミング計らないと偶然を装えないしねー」
「そんなんじゃないって」
 みるくはヒヒヒと笑い、アタシも恋したーいと吼えて平らな尻を振りながら通りの角に消えた。

 さっき出したゴミから5歩離れた場所で煙草に火をつける。
 収集車はもうすぐそこまできていた。黙々とゴミを放り込む作業員もまた、近づいてくる。彼の作業服は今の空の色と似ていた。帽子の下の無表情と、胸元の刺繍『高峰』を素早く確認し、彼がうちのゴミを掴み、放った瞬間に口を開く。
「お疲れさまです」
 彼がちらりと私を見て、ぎこちなく会釈する。
 最近、声をかけるようになった。
「今日、いつもよりひとつ多いでしょ、ゴミ」
 用意していた台詞を投げると、高峰は一瞬きょとんとし、「あ、はあ」と応じた。女装の男にからまれて困っているだろうか。でも私は店でナンバー1。見た目は並みの女より美しい自信がある。
「3周年記念のパーティやったから、パーティグッズとかいっぱい出ちゃって」
 真横をいく車の熱と生ゴミの臭気で息が詰まる。高峰は向かいの店のゴミも拾って投げ入れた。圧縮機がそれを容赦なく押し潰し、飲み込んでいく。その車体に、(株)高峰興業の文字。

 お父さんの会社に入ったんだね。
 お父さん同様、率先して街をきれいにして、すごいね、えらいね。

 用意している本当に言いたい言葉を、今日も喉の奥に圧し留める。


 11歳だった私――俺は、いじめの筆頭だった。
 清掃業という父親の稼業を堂々と発表した高峰を、周りを巻き込んでいじめた。ゴミ男、臭い、汚い、あっち行け。
 高峰はいつの間にか学校に来なくなり、それは中学に上がっても続いた。年齢が上がるにつれて、その意味がわかってきた。俺はひとりの人間を潰したのだ。
 以降、ゴミ収集車を見るたびに、俺は震えた。どんどん内向的になり、家にこもりがちになった。やがて、今度は俺がいじめられる側になった。好きなゲームの女装コスプレが学校のやつらにバレたのだ。
 コスプレは、女装は、自分を変えたい、隠したい一心からだった。
 ほら、償いなんだ。この姿そのものが。
 高峰に、知ってほしい。

 高峰を見かけたのは奇跡に近い偶然だった。
 半月ほど前、ゴミを出すのが一歩遅れて通り過ぎてしまった収集車を走って追いかけた。車体に(株)高峰興業の文字。作業員の胸元の刺繍と、忘れられない面影。
 大人になって親父と同じ仕事をする高峰を前に、14年前俺は確かにあいつを潰したが、あいつが信じていた芯、のようなものだけは残ったのだと、反吐が出るほど身勝手だが救われた気さえした。


「あの、いつもありがとうございます」
「え?」
「街をきれいにしてくれて。街のヒーローみたいだって、立派だなっていつも思ってて」
 高峰は怪訝を顕に俺を一瞥し、「立派かどうかはともかく、誰かがやんないと」とそっけなく応じた。それから小走りで車を追いかけようとして、ふと足を止める。
「おねーさんもがんばって」
 視線も合わせずに投げられた言葉が、とんと胸にぶつかる。
 正体を言うわけにはいかない。俺もいじめられたからわかる。いじめた奴の顔など、一生見たくない。
 高峰が通った後のゴミのない通りと、ひょいひょいと軽快にトラックを追う高峰の背中を、真っ白な朝日が照らしていく。俺はそれをいつまでも見つめていた。


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