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吉岡 幸一さん

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ゴミ拾う老人

18/04/15 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:85

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 毎日、老人はゴミ拾いをしていた。はじめは自分の家の周りだけだったのが、そのうち隣の家の前、そのまた隣の家の前、近所の一区画と広がり、時間も午前中だけから朝から夕方までと伸びていった。
 高齢なので粗大ごみのような重い物は拾うことができなかったが、煙草の吸殻や空き缶、風に飛ばされたチラシやガムなど、持ち運べるゴミはすべて拾っていた。
「お爺さん、町をきれいにするのは良いことですけど、おかげで家はゴミだらけですよ」
 寝たきりの老人の妻は呆れながらも夫の行為を理解しているようで優しく諭すのだが、老人は「わかってる」と頷きながらもゴミ拾いを止めることはなかった。
 最初の頃、ゴミはごみの日に少しずつ捨ててはいたが、一日中ゴミを拾って持って帰っていたので、次第に捨てるより溜まる方が増えていった。
 処分に困っていたのなら、ゴミ処理の施設に運んだり、行政に相談したりする方法もあったのだろうが、老人にはそういった知識はなく、しかも近隣の住人からも避けられていたので、処分する方法を尋ねる相手もいなかった。
 ある朝、いつものように老人がゴミ拾いをしていると、きちんとスーツを着た若い男がガムを噛みながら話しかけてきた。
「私は役所の美化都市課のものですが」
 そう言いながら名刺を出されたので、老人は反射的に受け取ったが、いつもの習慣からかその名刺を見ることなくゴミ袋にいれた。
「あなたが町中のゴミを家に集めているという苦情が近隣住民の方からきているのですが」
「苦情だって、なんの苦情だ」
「庭にもゴミを置かれていますよね。見た目とか臭いとかですかね」
「庭に出しているゴミは空き缶とか燃えないゴミがほとんどだ。飲み残しとかがあれば洗い流しているぞ。それになんだ、法律にでも違反しているとでもいうのかね」
 役人は捨てられた名刺を恨めしそうに眺めながら口を尖らせると、聞こえないほど小さくため息をついた。
「いえ、こういった苦情が町に寄せられないように近隣の方々とうまくやっていただければそれで構いませんので」
「お前ら役人がきちんと町をきれいにしておけば、ワシはゴミ拾いをしなくて済むんだ。己の怠慢を棚にあげよって」
 老人が拳をあげようとした瞬間、若い役人は身を引いて小ばかにしたように頭をさげると背中を向けて去っていった。
 ゴミ屋敷、そう呼ばれていることを老人は知らなかった。
 町を綺麗にするため、暮らしている近隣の人々を少しでも住みやすくしてあげたい。ゴミのない道路、美しい町にしたい。ただそれだけの想いで始めたゴミ拾いだった。

 唯一理解してくれていた妻の容態が悪化し、救急車で運ばれ病院で亡くなった後も老人はゴミ拾いを続けていた。
 以前よりも長い時間、朝から夜遅くまでゴミを拾いつづけた。ゴミが袋一杯になれば家に持って帰り、体を休め、また空のゴミ袋を持って外に出ていった。
 かつて妻が寝ていたベッドの上にもゴミが積もり、平屋建ての家の中は老人の寝場所以外はゴミが山となり、庭にしてもゴミが溢れていた。
 朝、老人がいつものようにゴミ拾いに出かけていると、寝間着姿の女が玄関に立っていた。隣に暮らしている三十歳くらい女だ。
 去年の春に新築の住宅を建てて引っ越してきたのだが、こうやって目の前で顔を合わせたのは始めてだった。
 何度か窓から外を眺めている姿を見かけてはいたが、近くでみると女はどこか普通ではない。きっと心の病で療養しているのだろう。老人はそう思い憐れんだ。
「私にもゴミ拾いを手伝わせてください」
 女はこう言うと寝間着のまま道に落ちていた煙草の吸殻を拾おうとした。足元を見ればサンダルすら履いてなく素足のままだった。
「いつもお爺さんがゴミ拾いをする姿をみていて、私も力になりたいと思いまして」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だ」
「いいえ、お礼を言いたいのはこちらのほうです。おかげで家の前も綺麗ですし、町が清潔なのもお爺さんの努力があってのことですから」
 女は煙草の吸殻を拾い上げると無造作に寝間着のポケットに入れた。そしてさらにガムの包み紙などのゴミを次々に拾っては、汚れるのも構わずポケットにしまった。
 心配した老人はなんども静止したが、女は微笑んで首を振るだけでゴミ拾いを止めようとしなかった。
「あんた、俺の妻に何をさせているんだ」
 隣の家から飛び出してきた男はこの前話しかけてきた役人だった。まさか隣に住んでいたとは。
「あなた、お爺さんのおかげですね。こんなにも綺麗なのは」
 そう嬉しそうに話す女の手を掴むと、役人は辱められたような顔をして、噛んでいたガムを道に吐きだすと家に戻っていった。
 ドアが乱暴な音をたてて閉まった後で、老人は新築の家とゴミだらけの我が家を見つめながら首をふり、腰を屈めて捨てられたガムを拾った。


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