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伊川 佑介さん

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ゴミ屑人間、ゴミ箱へ

18/04/11 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 伊川 佑介 閲覧数:82

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 春の日差しの下、病院の庭を車いすの母を押して歩いていた。桜はすっかり散り切って、掃除夫が集めた花びらをゴミ袋に詰めている。
「あなたには本当に謝らなきゃいけないと思ってるの」
何度聞いたか分からない話を母が呟く。俺が子どもの頃の話だ。特に何の返事もせずに、寂しくなった桜の樹を見上げた。

「友達も連れてっていいですか」
運転中にスマホが鳴った。ギリギリになって勝手なことを言い出すのはどういう訳だろう。「女の子?」とだけ返事をしてそのまま車を走らせる。返信はない。待ち合わせ場所には制服姿の二人の子が待っていた。
「お金が欲しいって言うんです」
後部座席に二人を乗せて車を出すと、いつもの子がもう一人の子を代弁した。とてもそんな風には見えない大人しそうな子だった。
「俺あんまり金持ってきてないよ。一人だと思ったからさ」
集られても困るので牽制する。二人ともスマホをいじっていて俺の話に反応しない。聞かれたくない話でもしているのか、チャットアプリで二人で会話しているようだった。俺一人だけハブにされて、ふいに学生時代を思い出した。ミラー越しに女の子たちをもう一度眺める。新しい子がスカートの裾を直して足を隠した。

「ゴミはゴミ箱ってことなんだよ」
数年前、同好の士である名前も知らないオッサンが居酒屋で管を巻いた。オッサンというか爺さんに近い、俺より一回り以上年上の男だ。ネットで知り合って、オフ会でコレクションを交換するようになった。
「警察も検察も、裁判官も刑務官も、本当はみな知ってるのよ。中にいるのは大なり小なり壊れてる奴だって。更生なんて考えてないよ、壊れてるんだから」
彼は同種の犯罪で、彼が言うゴミ箱である刑務所を出たり入ったりしていた。
「……そりゃあ人間だから普通の人に魔が差すってこともありますよ。でも刑務所行くくらいの犯罪を魔が差してって事ある? 無いよ普通は。普通じゃないからやるんだよ」
いつも目が病んでいた。自分をゴミだと自覚させられた男の目だった。半年ほど前に、急に連絡が取れなくなった。

 ホテルに着いた。部屋に入るとすぐ、彼女たちの分も含めて三人分のコーヒーを淹れた。緊張しているのか初見の子はまだ一言も話していない。薬でも入れていると思われたのか、コーヒーにも口を付けなかった。
「シャワー浴びる?」
また二人とも返事をしない。急に孤独感が襲ってきた。透明に消えゆくような感覚と自己嫌悪で胸が苦しくなる。自分に言い聞かせるように「大丈夫だよ」と言葉を絞り出した。初見の子の目に涙が滲んでいるのに気づいた。手が震え、動悸が激しくなる。脳に何かが多量に分泌されていく。鞄から三脚とビデオカメラを取り出しながら、「大丈夫だよ」ともう一度言った。天井の梁からロープが垂れていたのなら、そこですぐに首を吊ってしまいたかった。俺の体は淡々と、三脚を組み立てていた。心が二つに引き裂かれていた。一方が制御を失い、壊れていた。

 帰りの車の中でも、その子はずっと泣いていた。そうまでして何に使うのか、金はしっかりと受け取った。
「あー、まだヒリヒリする」
いつもの子が自分の尻を触った。隣で友達が泣いているのに、気にせず片手はスマホを弄っていた。「誰にも言わないでね」と泣いている子に卑怯にも念を押した。彼女は俯きながらゆっくりと頷いた。気を紛らわすために外の景色を眺めた。もう春が近いというのに、季節外れの雪が降っていた。雪は積もる気配もなく、窓に触れては消えていった。

「今日は本当にいい天気ねえ」
母が空を見上げて言った。車いすを押しながら、病院を出て近所の公園に向かった。なぜか急に同好のオッサンを思い出した。彼は今どうしているのだろうか。刑務所に入ったのか、それとも首でも括ったのだろうか。もしくは足を洗って別の道を見つける事ができたのだろうか。ゴミ箱から出たゴミが、やがてまたゴミ箱に戻っていく。戻る者と戻らない者、その違いは何なのだろう。ゴミなりに別の居場所を見つけたのだろうか。壊れている者の受け皿は本当にこの世の中にあるのだろうか。
「あら何かしら」
公園に入ろうとして、いきなりスーツ姿の男たちに囲まれた。
「荻野さんね」
男が胸ポケットから手帳を出す。
「警察です。分かってるね」
急に音が消えて静寂が訪れた。時間がゆっくり流れて、周囲がスローになっている気がした。男が何かを話している。街の人たちがこちらを見ている。母が取り乱している。男二人が俺を両脇から捕えた。赤色灯を付けた収集車が、奥でゴミを待っていた。


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