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雲鳴遊乃実さん

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屍体なんかいませんよ

18/04/10 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 雲鳴遊乃実 閲覧数:125

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 南部戦闘区域に広がる霧の中の植物園には掘り出し物があると噂されていた。実際に足を運んでみると、果たせるかな、木々の合間にいくつものロボット兵士が寝転んでいた。
「このあたりは市街地からも離れているからな。手つかずだぜ」
 ゴミ収集車を降りるとパートナーは舌舐めずりをした。肉を前にした犬と同じだ。大袈裟だが気持ちはわかる。政府からの支援もあり、ゴミと化したロボット兵士の回収は結構な収益に繋がる事業だった。
 五年前に開始された此度の戦争は国の長同士の話し合いにより無血での進行が約束されていた。つまり、人間は誰一人として出兵せず、代わりにロボット兵士たちに陣取り合戦をしてもらったのだ。一年ほどで決着はつき、僕らの国が負けた。僕らは国名と言語と習慣を奪われ、相手国のそれらを押しつけられたが、諸々の文明の利器によりなんとか日々を食いつないだ。
 世間はすぐに平和になった。兵器や武装の名残は早々に片付けられ、エネルギー切れのロボット兵士たちの回収が一大ブームとなった。僕もパートナーも、そのブームの流れに乗って回収業を始めた口だった。
 くたばっているロボット兵士を一体ずつトラックに乗せていく。人間よりも重いうえに動かない彼らを持ち上げるのはそれなりの労苦だ。しかし僕らにも経験が蓄積されていた。小一時間も経てば十数体のロボット兵士を収集車に放り込まれていた。
 僕はパートナーに先んじて植物園の奥へ進んだ。
 放射状に小路を延ばす中央広場には萎びた桜の木があった。根元には故国の防衛用兵士が一体倒れていた。ひび割れたバイザーの中に剥き出しの基盤が見えた。人間の割れた顔を見ているようで気分が悪くなり、僕はなるべく目を逸らし注意しながらそれを背中に背負った。
「……ください」
 突然の音声に僕のバランスが崩れた。
 ロボット兵士は地面に落ち、四肢を投げ出した。
「お逃げください……民間人はお逃げください」
 人は傷つけてはならない。
 人間側が勝手に決めたルールをロボットは未だに守っていた。その内側からは何らかのモーターの回る音が出ていたが警告音声を発する以外のことはできないようだった。
「生きているのか」
 思わず呟いた言葉が僕の耳に妙に生々しく響いた。
 そのロボットは戦争が始まるさらに十年ほど前に導入された機種だった。軍事の世界では骨董品に近いものだ。僕にも見覚えがあった。コマーシャル映像の中でロボットたちは颯爽と野山を巡り、ゲリラ相手に銃火器を振り回していた。機動力、戦闘力を誇るその姿に見惚れていたことを僕は不意に思い出した。
「どうした。何かあったのか」
 遠くからパートナーが呼びかけてくる。
 僕は咄嗟に桜の洞の中へロボット兵士を投げ込み、枯れ草で覆った。
 端的に言えば気まぐれだった。
 かつて自分が憧れたものが高熱に溶かされ鉄骨に成り果てるのは忍びなかった。
「こっちには何もないよ」
 とっくの昔に捨て去ったはずの気持ちが僕の胸中をじりじりと焦がしていた。

 翌年の春、国内中のロボット兵士は粗方片付けられていた。
 兵士の回収ブームも去った。回収業を解散した僕はパートナーと別れ、浮かない毎日を送っていた。
 バイトを喧嘩で馘首になった帰りに、誘い込まれるようにして、あの植物園へと足を運んでみた。
 かつて蔓延っていた霧はすっかり晴れており、暖かくなりつつある空気が優しく僕を出迎えてくれた。
 植物園の中には予想以上に人で溢れていた。寂れていた頃の光景しか知らなかった僕には、まるでよく似た別の場所に来てしまったかのように感じられたが、歩いているうちに道筋は思い出すことができた。
 小路を歩いて中央広場に辿り着くと、あの大きな桜が見えてきた。節くれ立った枝が伸び、空に広がり、薄く赤らんだ花弁を広げていた。
 満開だった。偶然にしては出来過ぎなほど、堂々とした光景だった。
「今年のは格別ですよ」
 僕があからさまに驚いていたからか、名前も知らない老人が目を輝かせて微笑みながら、僕に耳打ちをしてくれた。
「まるで桜の下に屍体でもあるようですね」
「屍体?」
「古い文句ですよ。桜の花が赤いのは、根元に埋められた屍体から養分を吸い取っているからだという」
 話を聞いているうちに僕は、あの桜の洞にロボットを投げ入れたことを思い出した。
 ロボットには当然血液が巡っていない。老人の言葉は否定できる。だが桜は今、僕の目の前で咲き誇っている。その事実だけは誰にも変えられない。
 ロボットによる何らかの作用が、この色をもたらしたのだろうか。
 考えているうちに、鼻の奥が熱くなった。
「屍体なんかいませんよ」
 老人へは振り向かず、僕は桜をじっと見つめた。
 桜は物も言わず、その花弁で粛々と、小綺麗になった園の小路を満遍なく散らかしていた。


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