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井川林檎さん

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綺麗な国

18/04/07 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 井川林檎 閲覧数:140

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 「綺麗な国」という国に旅立って以来、婚約中の彼は、行方知れずになった。

 彼は今も生きているかもしれない。最悪、命を落としているのかもしれないが、それならば遺体を見なくては気が済まない。

 彼の両親は泣きながら、もう息子は諦めてくれと言った。
 うちの親も泣きながら、頼むから他の相手を探してくれと言った。
 ついにわたしは、一人で件の国に行ってみることにした。

 その国は、飛行機を五回乗り継いでから、バスで丸一日走ったところにあった。
 非常に貧しい国らしい。砂っぽい道には、ろくな店もない。日に焼けた痩せた人たちが、清々しい表情で元気よく歩いている。町のあちこちに、ごみの山が出来ていた。
 
 「コニチハー」
 と、みんな溌剌と通り過ぎてゆく。その中に彼の姿がないか目を凝らしたが、どの顔も真っ黒に日焼けして、みんな同じに見えた。

 「なにが、『綺麗な国』よ」
 汚い町の有様に、わたしは悪態をついた。

 町の中央に大きな川が流れている。その川は人々の生活を支えていると言う。
 「人探しなら、川辺に行ってみたら」と、通行人に言われたので、川まで行ってみた。非常に臭かった。流れる水の色も汚い。
 だけど人々は喜々として、川で水浴びをしたり、水を汲んで家に持ち帰ったりしている。

 汚いのは見た目だけかと思っていたら、どんぶらこと何か流れてきた。よく見たら、口をぱっかんと開いた婆様が、ぷかりぷかりと流れている。
 「ぎゃっ」
 わたしはたまげた。この川には死体が浮いている。

 空腹だ。食べ物屋を探していると、笑顔の人たちがワラワラ寄ってきた。構える間もなく、四方八方から手が伸びて来た。ぎゃーと叫んだら「ダイジョブデース」と言われた。
 ワラワラ体をまさぐられて、やっとみんなどこかに行ってくれたと思ったら、持ち物がゴッソリなくなっている。
 
 集団スリだ。
 パニックになって歩いていると、ゴミ山に行きあたった。あちこちに似たようなゴミ山が出来ているが、一体何だろう。
 見てみると、ブランド物のバッグやら、時計やらが捨てられている。その中に見覚えのあるカバンが見えた。わたしのバッグが捨てられている。慌てて開いてみたら、財布の中身もビザも無事だった。

 このゴミ山の品は、集団スリが旅行者を襲って奪った品だろうか。奪っておいて捨てるなんて。わたしは首を傾げた。

 すぐ側に小さな食堂があった。
 良い匂いだ。わたしは店に入った。黒い顔の女性が、「ヨウコソ」と言った。テーブルに着くと、料理が運ばれる。旨そうだ。

 「いただきます」
 箸を伸ばした側から、ワラワラ手が伸びてきた。
 いつの間にか、笑顔の人々に囲まれている。しかもみんな、食べようとしている料理を片っ端から掴んで床に捨てるのだ。べちゃ。びちゃ。美味しそうな料理がみんなゴミ扱いだ。

 「やめてよ」
 みんな笑顔で容赦がない。最後に、フォークまで取り上げられて窓の外に放られた。
 
 「ちょっと」
 わたしは一人の胸倉を掴んだ。その瞬間、人々は笑顔のまま、わたしに襲い掛かって来た。見る間にわたしは赤裸の無一文にされてしまった。
 
 せっかく取り戻したバッグもない。服も取られた。
 どいつもこいつも、まるで良いことをしたかのように笑顔で店を出て行く。きっと今取ったわたしの持ち物を、どこかのゴミ山に捨てるんだろう。

 追いかけたかったが、丸裸ではそれもできない。怒りで泣きじゃくっていると、店の女性が近づいてきて、背中に布をかけてくれた。
 
 「ダイジョブデース」
 女性は真っ黒い顔で、歯が白くて、目が澄んでいる。ふいに、女性の顔に彼の顔が重なった。

 「まだ、取り戻したいですか」
 女性は言った。
 わたしはその顔を見上げる。なにもかも捨てられて、一瞬前まで混乱していたのに、今はどうだろう。

 女性はそっと手を伸ばすと、わたしの胸からゴミを摘まみ取るような仕草をした。摘まみ取った何かを、女性はポイっと窓の外に投げた。

 一体何だったのかは分からない。
 ただ、目に映る景色が急に鮮やかで美しく、清浄なものになった。
 窓から入る風は、川の臭いがしたけれど、それすら愛おしいものに思えた。

 「コニチハ」
 「ヨウコソ」

 店に人々が入ってくる。みんな日焼けして痩せて、同じだ。そしてみんな笑顔だ。
 わたしは合掌して、頭を下げる。そして、店の女性を振り向き、もう何も取り戻さないで良いですと答えた。


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