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腹時計さん

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浮かれた心と忘れた心

18/03/21 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:0件 腹時計 閲覧数:173

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 引っ越しの準備をしていると、なくしたと思っていたものが見つかることがある。
 大学の合格発表があった翌日から、和成は少しずつ荷造りを始めていた。既に大学のすぐ近くのアパートを契約した。あと二週間すれば和成は大学生になるのだ。合格の喜びは大きく、新生活への期待はぱんぱんに膨れている。
 しかし、すんなりと進まないのが片付けというものだ。18年間住み続けてきた自室は案外ガラクタが多く、まずはゴミ捨てから手をつけることになった。彼の部屋はお世辞にも清潔だとは言えなかった。
 分厚いほこりをかぶったアルバムやノートを発見するたびに和成の手はいちいち止まった。今日も中学の卒業文集を見つけて、ついつい本棚から引っ張り出してしまった。
 そのとき、ルーズリーフが一枚、ひらりと床に落ちた。
「あ」
 何だろうか?
 和成は文集を持ったまま拾い上げる。おそらく、漫画と文集の間に挟まっていたのが、文集と一緒になって引き出されてしまったのだろう。
 ルーズリーフには何も書いていなかった。もしかすると本棚の隣に置いてあるデスクからたまたま飛んできたのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら何気なく裏返してみると、乱雑な文字が目に飛び込んだ。

『許さない』

 腹の底がじんわりと冷たくなる。
 やたらと大きなその文字は罫線をはみ出していた。あとは三十五本の罫線が無意味に伸びているだけで、それ以外は何も書いていなかった。やたらと四角張っていて、その筆跡は間違いなく和成のものだ。誰かが和成の字をあえて真似したのでなければ。
 しかしそんな可能性はごく低いだろう、と和成は努めて冷静に考えた。筆跡を真似て『許さない』などと意味深で不気味な一言を書く意味も価値もあるはずがない。
 ということは、和成がかつて書いたものだとしか考えられないが、こんな不気味な単語を書き殴った記憶もない。そもそも和成はあまり物事を深く考えないほうで、人に対して不満や怒りを溜めるようなことはほとんどない。減らず口だと姉には文句をつけられるが、自分の中で溜めておくと問題がいつまでたっても解決されないし、いらだちが増幅すると思っているから自分の性格を変える気はない。
 和成は鳥肌が立ったような気分になった。部屋を飛び出し、隣の洋間で昼寝していた兄を揺さぶって起こした。自分が知らないなら他に聞くのが手っ取り早いだろうと思ったのだ。
「なあ、これって覚えてる?」
 兄は寝過ぎたのかやや腫れぼったい目でにらむようにルーズリーフを見ていた。
「……知らねえけど。お前が書いたの?」
 俺は今不機嫌です、と顔に書かれているようだったが、兄は一応答えてくれた。
「じゃあ、酔っ払ってたんじゃね?」
 和成は18歳だ。酒は飲まない。というか飲めないから酔っ払いようがない。
 兄はむくんだ顔を両手でもむようにさすりながら続けた。
「それよりお前、俺のパソコン欲しいって言ってただろ? さっさと持って行けよ」
 そういえば昨日頼んだ気がする。今までは家族共有のパソコンを使っていたが、これからはそうもいかない。大学生にとってパソコンは必須アイテムだ。兄が1年ほどしか使用していないものを持っていたので、それを格安で買い取ることにしたのだった。
「あ、うん。それでさ……」
 和成はさらに尋ねようとしたが、兄はそのまま布団に倒れ込み、和成に背を向けた。二度寝を決め込むらしい。ノートパソコンは平積みされた教科書の上に乗っていて、不安定で今にもぐらぐら揺れるんじゃないかと和成は思った。差し込む朝日に黒光りするノートパソコンを手に取る。とても軽かった。


 和成は「さんきゅ」と声をかけて自室に戻った。片付け途中のガラクタが散乱した部屋の真ん中に座り込み、膝の上にノートパソコンを置いてルーズリーフを再び眺めた。
 許さない。誰を? なぜ? いつまで? 考えたところで思い出すことは何もない。強いて言うなら、中学生のとき密かに好きだった女の子が、兄宛のバレンタインチョコを和成に託してきた事件は衝撃的だったが。丁寧にラッピングされたチョコを渡されたときはかなりいたたまれない気分だった。
 しかし、今となってはその女の子の顔さえぼんやりとしか思い出せないし、そのチョコを兄に渡したのかどうかさえ記憶にない。女の子に対して何か言ったような覚えもない。当然その彼女が今でも好きなわけもない。
 和成は『許さない』と書かれたぼろぼろの紙切れを丸めて市指定の可燃ゴミ袋に放り込んだ。軽すぎるそれはほとんど音も立てず袋に吸い込まれた。
 膝の上に置いたままのノートパソコンを開き、迷わず小さな電源ボタンを押した。


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