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マサフトさん

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青白い炎

18/03/18 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:0件 マサフト 閲覧数:202

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「仕方のないことだったんですよ。あなたは悪くない。そう、悪くないんですよ」

茂の母親は、諦めたような、絞り出すような声で呟いた。線香の匂いが鼻腔の奥を刺激する。

嘘だ。この人は嘘をついている。口ではそう言っているが、その目には青白い炎が滾っている。幽鬼のような、鬼火のような。

おれが茂を遊びに誘った。おれの車で出掛けた。おれが運転をした。茂は助手席にいた。車線をはみ出した対向車が目の前に見えたところまでは覚えている。気がついたらおれは病院のベッドにいて、茂は骨壷に収まっていた。対向車の運転手も死んだそうだ。

茂の母親は、当初何を恨めば良いのかわからないといった表情をしていた。本来恨むべきは事故を起こした対向車の運転手だろう。だが彼は死ぬことでその報いを受けてしまった。

死者は恨めない。「償う」という行為は、本質的に「支払う」という事と同じだ。場合によるが、金であったり、時間であったり、命であったり。「恨む」という感情は、支払いを求める心だ。不条理という壁に爪を立て、「償え、罰を受けろ」と喚き散らす心だ。だが、恨む相手が死んでしまっては、何も奪えない。その理不尽が行き場の無い「恨む」という感情を殊更に育む。

そしてその矛先は、生き残ってしまったおれに向けられる。先程垣間見えた、青白い炎がおれに告げる。「お前を恨む」と。「お前が誘わなければ」「お前が車に乗らなければ」「お前があの道を選ばなければ」「なんで息子が死んでお前が生きている」「なんでお前が生きている」「お前が憎い」「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い」

納骨はもう済ませたと言うので、墓まで出向いて線香をあげに行った。見晴らしは良いが、随分寂しい墓地だった。茂の為の真新しい卒塔婆が、雰囲気にそぐわずギラギラとしている。友が死んだ理由の幾ばくかはおれにあるのに、涙も出ない。おれはこんなに薄情だったのか。茂の死よりも自身の薄情さに涙が出そうだ。

「済まなかった。でもおれのせいではないよな。わかってくれるよな」

言い訳めいた独り言をいうと、何処からか視線を感じた気がしたので、そそくさとその場を後にした。

その後、事故が起きたあの日に茂と行こうと思っていた城址公園に向かうことにした。かつての城跡は小高い丘の上にあり、自分の住む町がよく見えた。季節はもう秋だが、小春日和の良い天気だ。斜面のススキが風に揺れ、もみじが赤や黄になりつつある。ただの観光目的ならとても良い気分だっただろう。

薄暗い木々の間からまた視線を感じる。あの年老いた茂の母親の、ギラついた青白い炎の目が頭をよぎる。

町を見下ろせるベンチにしばらく佇んでいると、社会科の校外学習だろうか、小学生の集団が近くの広場に押し寄せてきた。陽に照らされた彼らの目は金色に見えた。
茂の母親も、おれも、もうあの無垢な色には戻れないだろう。彼女の魂はもうあの青白い炎に喰われてしまっていたし、おれは残りの人生をその視線に怯えながら暮らすだろう。
おれはあの青白い炎を垣間見ただけで、もうこんなにも怯えいる。きっと金輪際彼女に会わずとも、彼女が居なくなろうとも、おれは死ぬまで怯え続けるだろう。
復讐の炎に取り憑かれた人間は、具体的な行動を起こさなくても、復讐される側にとっては恐ろしくてたまらない。いつ何をされるかわからないという状態が、もう既に復讐の始まりだからだ。

だからと言って、逃げ隠れする訳にはいかない。茂の死因のひとつはおれにある。それは罪ではないが、この理不尽な罰を受けるくらいには確かな因果だ。
既に始まってしまった復讐をきちんと終わらせる為に、そして自身の良心の呵責のために、おれは彼女に付き添い続けるだろう。加害者ではなく、遺族でもない、茂を亡くしたという同じ悲しみを抱えてしまった者として。

何処からか金木犀の花の甘ったるい香りが漂ってくる。大きく息を吸い込むと、鼻から肺へ、肺から心臓へ、心臓から全身へ、香りが骨まで染み込む。この香りも子供たちの目のような無垢な金色をしていて、香りがくまなく染み込んだおれも、魂が金色になるような錯覚を覚える。
せめてこのひとときでも、あの青白い炎を忘れたい。彼女もまた、何処かでこの香りを感じているだろうか。その間だけでも、この金色の香りに魂が浄化されることを望む。


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