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君形チトモさん

「きみがた チトモ」と読みます。

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証の紅

18/03/17 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:0件 君形チトモ 閲覧数:145

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 俺と結婚してください。
 あの日アタシに頭をさげたあの人、手には紅とかんざし。アタシは嬉しくて思わず泣きながら、その手をとった。
 けど、今あの人はこの家にいない。家の金目のものをすべて持ち去ったまま帰ってこない。友人がやくざものに借金して返せなくて捕まった、今すぐ耳をそろえて返さねば殺されてしまう、と言ったから、それは一大事と送り出した。あの人が帰ってこない、まさかあの人もやくざものに、と慌てているアタシに近所の人たちが、「あいつは新しくできた女と駆け落ちした」「友人のための金がどうこうっていうのは、その女との生活資金を作るための嘘だ」と見兼ねて教えてくれた。実際に、アタシとは違う女を連れたあの人を見かけたという人もいた。やけに荷物が多いので不審に思って声をかけたら、そそくさと立ち去ったと。
 アタシの手元に残っているのは、この家と、わずかばかりの食器と食べ物。嫁入りの際に持ってきたものも渡したし、結婚を申し込まれた時にもらったかんざしと紅さえも、あの人に言われて渡してしまった。今は、あの女の髪と唇を飾っている。何かの間違いだと思いたくて、あの人たちが暮らしているらしい場所へこっそり足を運んだ時に見た。結婚してくれと渡されたかんざしと紅をつけた別の女が、あの人と連れ添い歩いていた。見間違えようがない、あれはアタシがもらったもの。あの人からの気持ちの証だった紅とかんざし。それを見た瞬間どうしても堪え切れなくて思わず出ていったけど、初めは人違い扱いされて、それでも食い下がれば二人に罵倒されて、大したことはできず家へ帰ってきた。三日ほど前の話だ。
 二心を持たれるだけでもみじめなのに、嘘までつかれて、あげく罵倒されるなんて。こんな裏切りがあるだろうか。三行半を突きつけてくれた方がまだ良かった。騙されたアタシを嘲笑って、アタシの気持ちを食い物にして、新しい場所でのうのうと、仲睦まじく暮らしている。さらには、あの人を信じたアタシを馬鹿だと、アタシよりもあの女の方が可愛いと、アタシよりも自分の方がいい妻になれると、罵倒した。許せるものか、許せるはずがなかろうに。アタシは立ち上がった。
 夜道を歩いて、二人が暮らす家へ。あの人はいなかった。どこかで飲んでいるようだ。代わりにあの女に、あの人のことは諦めます、アタシが未熟な妻でした、ただこれがないと困るだろうから、あの人が家に忘れていったものを届けにきました、と言った。このまま渡してくれと言われたけど、あの人にも確認を取りたいから帰りを待たせてほしい、と言ったら渋られた。二人が住む家にアタシが入るのは気持ちの良いことではないかもしれないけど、勝手にアンタに渡したらアンタが怒られるかもしれないから、と説き伏せて家にあがらせてもらい、戸が閉まったところで懐から包丁を取り出してあの女に襲いかかった。油断していたから一撃目は簡単だった、でもとどめは刺せなくて、大きな声をあげて逃げようとしたから、腹を蹴って馬乗りになって、口に布をかませて何度か刺したら静かになった。もしかしたらあの人との子どもがいるかもしれなかったので、腹も念入りに。あの人がいないのは予定外だったけど、二人一緒には難しいから、この女しかいなくて良かったかもしれない。ただこの女だけでは意味がないので、あの人の帰りを待つことにした。赤ら顔で帰ってきたあの人は、家の惨状を目の当たりにした瞬間、腰を抜かして悲鳴もあげられないくらいだった。スタスタとアタシが歩み寄ると這って逃げようとしたから、胴に腕をまわして家の中に引きずり込んだ。悪かった、悪かったと謝ってきたけど、本当に悪かったと思うのなら、そもそもしなければ良かったじゃないか。そんな安い謝罪は聞きたくない。あの女にもかませた布で言葉をふさいで、何度も何度も刺した。気づいたら冷たくなっていた。顔が、誰なのかわからないくらい、ぐちゃぐちゃだった。
 そこまでやって、やっと包丁を手放した。疲れてその場に座り込む。事切れたあの人を見やった。アタシはのそりと動いて、あの人の口らしきところに紅さし指をひたす。ついた真紅を、自分の唇に移した。紅と違ってぬるぬるして、あまりうまく塗れない。それでも、アタシの紅はもうないから。あの人はアタシを捨てたけど、今取り返した。
 夫婦の契りは二世まで続くという。来世ではアタシたちはどうなるだろう。いずれにしても、今のアタシたちはこれでおしまい。この人は死んで、アタシは捕まって罰を受ける。ああ、でもこの女も一緒に死んだから、こいつらはあの世でまた二人きりなのか。それでは二人の逃げ勝ちだ。ここまでしたのに結局は二人が得をするなんて、許せない。アタシはあの人の紅をつけた唇を指でなぞって、包丁を自分の首に向けて振り上げた。


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