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向本果乃子さん

目をとめて読んでいただき嬉しいです。コメントや評価ポイントは励みになります。ありがとうございます!読者としても、自分には書けないジャンル、アイデア、文体がたくさんあって、楽しみながらも勉強させて頂いてます。運営、選考に携わる皆さんにはこのような場を設けて頂き感謝しています。講評はいつも励みになります。読んだ後、読む前にはなかった感情が生まれたり、世界の見え方が少し変わったり、言葉にならないもやもやが言葉にならないままここに書かれていたと思えたり、登場人物のその後を実在するように心配してしまったり…そんな小説をいつか書けるようになりたいです。

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この日のために

18/03/14 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:2件 向本果乃子 閲覧数:228

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 とうとうこの日が来た。三十八年という人生、この日のために生きてきた。私は壇上におかれた金屏風前の椅子に座る。たくさんのカメラのフラッシュがたかれ、テレビカメラも入っている。日本で一番有名な文学賞受賞の記者会見の場。私は買ったばかりのスーツのポケットに手を入れる。そこには十年前にネットで入手してずっとお守りのように持っていた毒物のカプセル。今日こそ私を迫害した人々への復讐を果たし、このろくでもない世界とおさらばするのだ。
 私はデパートのトイレで生まれた。十六歳の母が一度も妊婦健診など受けずに十ヶ月を過ごした末の出産だった。母はそのままトイレに流してしまいたかったかもしれないが、産気づいたのが日曜のデパートで人が多く、異変に気づかれ私は保護された。私は戸籍上母の弟としてその家の一員となったが、家族はすでに崩壊していた。そこからの日々を、私は時代を変え場所を変え人を変えて何度も小説に書いてきたのでここでは割愛する。ただその間ずっと私は幸せではなかった。学校でも出生の噂は広まっており最初から偏見や好奇の目で見られた。激しいいじめも当たり前のようにあった。家にも学校にも居場所はなかった。私は街の小さな私設図書館に通った。そこは夫を亡くしたおばあさんが一人で開いた図書館で、何も言わずに平日の昼間好きなだけ本を読ませてくれた。そこにはおばあさんの子供や孫たちが読んできた絵本や児童書から専門書や文学全集まで三千冊も揃っていた。
 そのおばあさんが飲酒運転の車にはねられて亡くなった時、私は復讐を決めた。
 私はこの記者会見の場で、世界の冷たさ残酷さ理不尽さを人間の弱さ醜さ愚かさを語り、私が恨む人々の名とその罪を列挙した紙をマスコミ宛てとして担当編集者に預けていることを話した上で、カメラや多くの人の前で毒を飲んで死ぬつもりでいる。愚かだと笑うものは笑え。私の愚かな死によって、スキャンダルと他人を貶めることが大好きなマスコミはこぞってリストに書かれた人を取材し、その人となり人生を調べあげ、あることないこと面白おかしく誇張して報じてくれるだろう。私を産んだ母、その母の両親、いじめ抜いてくれた奴ら、見て見ぬふりした教師、飲酒運転でおばあさんを殺した男、その他にも数え切れないほどいる酷いやつらの人生は台無しになるはずだ。
 さあ、記者会見が始まる。
「おめでとうございます。Aさんの作品は簡単には語れない、語ってはいけないと思うのですが、Aさんの作品を読むことで救われた人がたくさんいると思います。生きる力をもらったという意見もよく聞きます。そのことについてどう思われますか?」
「Aさんの作品は、この救いのない世界で、そのままに生きていくことを肯定しているように読めます。実際Aさんの出生を考えますと、簡単な人生ではなかったと思うのに、何故この世界や人間を受容するような作品を書けたのでしょう」
「私も家庭環境に恵まれず親を許すことのできない自分をも許すことができないという人生を歩んできました。そんな中Aさんの作品を読むと、ずっと苦しくてどこかにやってしまいたかった負の思いをそのまま持っていてもいいんだなと思えるようになって、そうしたらものすごく楽になったんです。そのような、ある意味悟りを開かせてもらえるような作品は一体どのように生み出されるのでしょう」
 何を言ってるのだろう。
 それは私の書いた小説のことなのか。
 読者はそんな風に感じ、受けとめていたのか。
 私はそんな風に書いていたのか。
 涙がはらはらとこぼれて、場が静まりかえった。
「Aさんにしか書けない、そんな作品だと思います」
 涙目でそう言ってくれる記者がいた。
「普通なら恨みそうなものです、この世界や周りの人々を。しかしAさんはそれを俯瞰し、全てを包み込む世界観を作り上げている。その世界観の原点はどこにあるのでしょう?どんな小説を読んできたのでしょう?」
 私設図書館の部屋が私の脳裏に浮かぶ。ジュースやお菓子をだしてくれて、読んだ本の感想をいつも聞いてくれたおばあさん。みすぼらしくて暗い目をして世の中を恨んでいた私が、本や漫画を読んで笑うことができた。自分より過酷な環境にいる人たちの話を知ることもできた。本を読みながら、書きながら、私は世界との向き合い方をずっと考えていたのかもしれない。
「このたびの受賞を誰に伝えたいですか?感謝する人はいますか?」
 この日のために生きてきた。晴れの舞台で復讐を遂げ、命を絶つはずだった。こんな世界に未練なんてなかった。
 怒りや悲しみや絶望の全てが、私をこの日まで連れてきたのだ。
 それがなかったら、書き続けることも生き続けることもできなかっただろう。
 
 私を迫害した全てのもの、見てくれ。
 私は今、君たちのおかげでここにいる。
 そして、幸せだ。


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このストーリーに関するコメント

18/04/17 待井小雨

拝読させていただきました。
最後の文章がとても素晴らしいと思います!
憎しみや恨みなどの辛い感情はひとつも欲しくないし、捨て去ってしまいたいものです。ですが、それが無ければ「今の自分」にはなりません。苦しみも絶望も全て抱えた自分こそが「今の自分」を形作っているのだ、と思いました。
恨みがましいだけで終わるかに思えた物語が、最後の文章で一気に別の余韻をもたらすものになっていて、読後感がとても良かったです。

18/04/19 向本果乃子

待井小雨さん

読んでいただき、感想までありがとうございます。とても嬉しいです。

説明しすぎないように押しつけないように読者の想像する自由を残したいと思いながら、それができている自信もなく、それでいてどう受け止められるのか不安なので(^^;)、このように読んでいただけて、それを伝えていただけると本当に有り難く、嬉しく、励みになります。ありがとうございました!

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