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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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甘い復習

18/03/08 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:190

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 この辺り一帯に生息するアリは、おそらく最強だろう。そうつぶやきながら昆虫学者――とくにアリの研究にかけては世界的権威の有村博士は、捕獲瓶の中のじっとして動かぬアントサイバーをみつめた。さきほどかれらの巣に噴霧したアントサイバー撃退用に開発した化学薬品をあびて、瓶の中のアリたちはみな神経をやられて仮死状態におちいっていた。息絶えるのもそう長い先ではないだろう。
「博士、すぐ裏手にあった巣から、採取してきました」
 秘書兼助手の田宮が、スイカほどもあるアリの巣をもって、仮設テントにはいってきた。彼と目があうと、この場に不似合ともおもえる愛想のいい笑みをうかべた。
「それにしても不思議なアリだな。集団でクマをも襲うというのに、ミツバチのように花の蜜を集めるのだから」
 そしてその蜜がじつは囮で、蜜の甘い香りにおびきよせられた動物たちをまちかまえる習性があるということを、最初に発見したのも有村だった。
「なめてみろよ」
 ずいぶんぞんざいな調子で有村は巣からもぎとったかけらを彼女にさしだした。
「いいのですか、研究用を」
「この周辺なら好きなだけ採れるさ。もうこれを守る最強戦士たちもいないし」
 このアリからとれる蜜がまた、最高の純度があることをしっている田宮は、巣のかけらをまるごとほおばった。唇の端からあふれでた蜜液が、たらりとすじをえがいた。
 するといきなり博士が、そのたれた蜜に顔をちかよせ、舌をのばしてぺろりとなめた。
「またあ、博士。みられたらどうするのですか」
 有村の女癖がわるいのは有名だった。それにいささか偏った趣味があることも、助手の女たちはみんなしっていた。彼は脂ののりきった四十代独身で、おまけに美男子ときているので、田宮もまた他の女性たちも、変態であれなんであれ彼の気をひくためならなんでもしただろう。
「明朝、アリたちの死を確認したらここをひきあげるから、今晩が最後のテント暮らしだな」
 それが誘いの言葉だと田宮はすぐぴんときた。
「今夜ね、了解」
 その夜有村のテントには、煌々と明りがともっていた。いつぞやの夜もこの明りにてらされたテントに、数人の女たちの酔いしれたように踊りたわむれる影がゆらめいていたのを何人もが目にしている。
 田宮は胸元のおおきくひらいた上着をきこんで、彼のテントにはいっていった。彼はちょうど酒のグラスをかたむけていたところで、すでにだいぶ酔いがまわっている様子だった。
「やあ、きたね」
「最後の夜を、あなたとすごしたくて」
「まあ、いっぱいやれ」
 田宮はてわたされたグラスを、ぐいとのみほした。あまり強いほうではなかったが、これまでアリとの格闘でたまりにたまったストレスをはやくわすれたいのと、これからこのテントのなかですごす彼とのひとときをうけいれる心がまえをしておきたかった。
「これを」
 有村が、昼間彼女がもってきたアリの巣を、掲げてみせた。いまも巣からは、濃厚な蜜が幾筋もの糸を引いてしたたりおちている。
「それを、どうするの」
「きみの、肌という肌にかけて、なめてやりたい」
「ふふふふ」
 もとよりそのぐらいのことは予期していた田宮だったので、彼の手がじぶんの上着のボタンをはずしにかかるのにも、なにもいわなかった。
 アリの巣の塊から蜜が、仮設のベッドによこたわる田宮の裸身に、たらたらと流れおちる。
 テントの明かりに、黄金色にそまった液体が、彼女の肉体のくぼみというくぼみをみたしていった。全身を蜜が覆いつくすのをまって、こちらも衣服を脱ぎすてた有村が、彼女のうえに裸の肉体をかさねあわせた。からみあう二人の肉体が粘り気をおびた液体にたちまちまみれていった。
 そのころ、べつのテントでは急遽、人々が呼びあつめられて、さかんなやりとりおがはじまっていた。
「アントサイバー退治用の化学薬品に不備があり、アリは一時的に仮死状態におちいるだけで、生き返ることがわかりました」
 論より証拠とばかり彼は、捕獲瓶のなかでさっきまでピクリとも動かなかったアリたちがいまははじけるように躍動している姿を周囲の連中にみせた。
「はやくにわかってよかった。死んだとおもってだれかがアリの蜜を失敬しに巣にちかづいてでもいたら、いまごろ大変なことになっているぞ」
 その発言者はそして、巨大灰色グマが蜜をなめたばかりにアリの総攻撃をうけ、骨があらわれるまで喰いつくされた過去の事例を語った。
「有村博士はどこ」
「テントじゃないの。私がよんできます」
 助手の女性が博士のテントにいき、中をあらためたときにはそこに、真っ黒な人間がふたり、ベッドの下にたおれているのがみえた。指のさきからぱらぱらとアリがこぼれおちると、その下から白い指がのぞくのを彼女は目にとめた。


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